日本人が知るべき「大人が消えている」危機の実態 成熟に必要な人を「社会が求めていない」怖さ

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――パワークラシー(権力者支配)における上昇志向にかられた人々の振る舞いも鋭く批判しています。

「パワークラシー」というのは僕の造語です。こんな政治用語はありません。今の日本はいったいどういう政体なのだろうと考えたときに、ふと思いついたのです。

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どのような政体であっても、権力者は自分が権力を行使しうる立場にあることの根拠を示します。「神から委ねられた」とか「偉大な王の子孫である」とか「卓越した武勲の持ち主である」とか「賢者である」とか「多数の人々から選ばれた」とか。

「パワークラシー」というのは、権力者がどうして自分が権力者であるのかについて説明責任をまぬかれている政体です。「いま、すでに権力者である」という当の事実が、その人が権力者であるための十分な根拠をなすような政体のことを僕は「パワークラシー」と名づけました。

以前、ある政治家が高校生に向かって、「政治に文句があるなら、自分が国会議員になって変えたらいい」と言い放ったことがありました。「権力者以外の人には権力のありようについて論評する権利はない」と言ったのです。

今あるシステムのルールに従って、その中で高いスコアを上げて、キャリア形成を果たした者だけにシステム批判の資格がある。だから、ルールを変えたいならルールに従え。競争社会を批判したければ、競争に勝て。奴隷身分からはい上がって主人になりたければ、まず奴隷制度を認めろ、と。これでは永遠の現状肯定に行き着くほかありません。残念ながら、もう日本だけではなく、世界中の国がそうなりつつあります。

「公人」としての自覚の欠如した政治家

――政治家として、それを言ったらおしまいだろうという発言も多く耳にします。お友だち利権や票田となる業界や宗教団体との癒着など、信頼に足る大人の政治家が少なくなったことについてはどう思われますか。

これは「大人」の問題という以前の「公人」としての自覚の欠如だと思います。「公人」は、自分の支持者たちだけでなく、自分の反対者を含めて集団成員の全体を代表しなければならない。そんなの当たり前のことです。

でも、日本社会では、ある時期から「公人」とは「公権力を私的目的のために使い、公共財を自分の懐に入れても罰されない人」のことを意味するようになりました。これは大人とか子どもとかいう以前の問題です。「公共」という概念が瓦解しているんです。(第2回へ続く

内田 樹 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授

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うちだ・たつる

1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。凱風館館長、多田塾甲南合気会師範。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『レヴィナスと愛の現象学』(文春文庫)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社)などがある。第3回伊丹十三賞受賞。

 

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