僕が間近に砲弾飛ぶシリアで迫られた究極の選択 国境なき医師団は現地病院の閉鎖すら覚悟した

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いちばん楽なのは、病院の閉鎖だ。これ以上、スタッフに危険がおよばずにすむ。

でもそうすると、国境なき医師団の病院を命綱にしている約30の村や町にいる20万人の人たちはどうするのか。近くに女性や子どもを診る病院は他にはない。僕たちが去ると、あの人たちはどうなるのか――。

では、このまま医療活動を続ければよいだろうか。

それは危険だ。国境なき医師団はスタッフの安全管理に責任がある。彼ら1人ひとりに家族がいることも考えると、その選択肢もなかなか取れなかった。

つまりどちらを選んでも、最悪の場合、だれかの死につながるという究極の選択をしなければいけないジレンマに陥ったのだ。

僕は、悩みに悩んだ。

あまりに悩んでいるのを見かねたのだろう。ある日、僕の部下だったイギリス人のコーディネーターが、シリアから電話をかけてきた。トルコ側の町で昼食をとりオフィスに戻ろうとしていた僕は、歩きながら携帯電話に出た。

「シンジロー、どうすればいいか、いますごく悩んでいるだろ。もしシンジローがこの病院を閉鎖すると言えば、チームのみんなはそれに従う。でも、もしシンジローがこのまま続けるって言うのであれば、それにもみんな従う。どうしてかというと、みんなシンジローのことを信頼しているから。だから、シンジローが決めていい」

この言葉を聞いたとき、その場にしゃがみこんでしまった。

「信頼されてうれしい」という感情は一切なく、「コイツ、なんてことを言ってくるんだ」と思ったからだ。紛争地でリーダーとして仕事をする、その責任の重さ。それがはじめて、両肩に重くのしかかった瞬間だった。

どちらを選択するにしても、深刻な事態に陥る可能性があるなかで、決断しなければいけない。僕は道端にしゃがんだまま、その場からしばらく動けなかった。

ファティナは2022年11月3日に、シリア北東部のラッカで国境なき医師団(MSF)がサポートする新しいコレラ治療センターで治療を受けました(©Azad Mourad/MSF)

第3の選択肢「HESCO」の採用

最終的には閉鎖でも続行でもなく、第3の選択肢を取ることにした。

それは、3週間だけ病院を閉鎖すること。その間に、軍隊が戦場で使うHESCOという大きな土嚢(どのう)のかべで病院の敷地と建物を取り囲む工事をすることだった。

これは、チームでアイデアを出して解決策を探る会議を行ったときに、財務責任者から出てきた案だった。

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