古事記の世界に転生した男、本当の気持ちに気づく 嫉妬ばかりの人生だった 小説『古事記転生』(4)

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一触即発の空気の中、ヤカミヒメはタケルたちに背を向けて俺の手を引き、お宮の奥へと進んでいった。

「さぁ、ナムチ様。お宮の中へお入りください。婚姻の準備を進めましょう」

「あっ、へ……? 婚姻って今からですか?」

こうして俺は、よくわからない世界で出会ったヤカミヒメとよくわからない流れで結婚することになった。この出来事がこれから起こる〝最悪の事件〟の引き金になることも知らずに……。

信じられないほどの早さで結婚の準備は進み、どうやら俺はヤカミヒメと正式な夫婦となってしまったようだ。展開が早すぎる。その日はそのまま宴が始まり、現代でも食べたことがないようなご馳走とお酒が振る舞われた。

ここにいれば毎日おいしい食事とお酒にありつけることは間違いなさそうだ。地獄からいきなり天国に来たみたいだ。

「どうしてもこれまでのお詫びをしたい」

翌朝、俺が寝泊まりするために貸してくれた部屋をヤカミヒメが訪ねて来てくれた。

「ナムチ様、昨夜はたくさんお飲みになられていましたが、ご気分はいかがですか?」

「あ、ヤカミヒメ! 見ての通り平気ですよ。お酒、大好きなんで!」

「それなら良かったです。長旅でお疲れだったのに、婚姻の儀と宴が始まってしまって……少し心配しておりました」

伏し目がちに微笑むヤカミヒメは、この世のものとは思えないほどに美しかった。何より優しい。『古事記』の世界に来てから初めて触れる優しさに、俺の心は温かく包み込まれたような感覚になった。元の世界には戻りたいけど、もう少しだけこの世界で暮らしてもいいかもしれない。

「今宵も宴があるので、それまでお部屋でゆっくりなさってください」

「わ、わかりました!」

……よし、決めた。ここで楽しくヤカミヒメと毎日を過ごしながら、ハクトにも手伝ってもらってゆっくりと元の世界への戻り方を考えることにしよう。案内された広い部屋でゴロゴロしていると、従者らしき人物が慌てた様子で部屋に入ってきた。

「失礼します! ナムチ様の兄を名乗る人物が門の前におりまして『どうしてもこれまでのお詫びをしたい』と言って泣いているのですが、いかがいたしましょうか?」

束の間の平穏を楽しんでいた俺にとって、タケルの訪問はただただ怪しいものだった。ここはなんとかスルーするか……。

「どうされますか?」

「そうだなぁ……とりあえず不在ってことにしといてくれない?」

「かしこまりました」

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