バーテンダー、刺されて古事記の世界に転生する 彼は神様ナムチになった 小説『古事記転生』(1)

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とある男、『古事記』の世界に迷い込む(写真:mathefoto/PIXTA)
バーテンダーのサムは、仕事も人間関係もズタボロ。ある日、常連客とのトラブルに巻き込まれて命を落とす——。目覚めた彼は、『古事記』の世界で神様として転生していた! 元の世界に戻るために必要なのは、日本の建国……!? 令和と神話が交錯する小説『古事記転生』を試し読みでお届けします(全4回)。

最期の夜

これは、なんの力も持たない俺が
この国を作り上げるまでの物語――。
『古事記』
それは、奈良時代初期に編纂された現存する最古の日本の歴史書。
上中下の3巻があり、上巻は神々の物語、中・下巻は神武天皇から推古天皇に至る天皇、皇子らの物語である。
日本に生きる全ての人のルーツは、この『古事記』に記されている。
日本は戦争や災害など幾度となく困難に見舞われたが、その度に奇跡ともいえる復活を果たしてきた。
諸外国からは、その根幹にある日本人が持つ「支え合い」の精神を評価されることも多い。
実は、この「支え合い」の精神こそが『古事記』の根幹だ。
ほとんどの国では「一神教」が当たり前なのに、『古事記』に登場する神様は多種多様で、かつ他の国の神様と混じり合ったりもする。
『古事記』に登場する神様たちは、当たり前のように喧嘩をするし、一番偉い神様でさえ仕事をほっぽり出して引きこもったりする。
『古事記』には、そんな大問題に対して、神々が知恵を絞って協力して乗り越える様子が描かれている。
そのストーリーの根幹にあるのが「支え合い」の精神だ。
迷い、時には間違いを犯しながらも、神様の心が成長していく様子が丁寧に描かれている。
そんな神々が祀られているのが、日本で当たり前に目にする神社だ。
『古事記』を知らない人は多い。
俺だって、よく知らなかった。
でも、『古事記』と無関係でいられる人は、この国には一人もいない。
これから語るのは、俺がそんな『古事記』の世界に迷い込んだ話だ。
「迷い込んだ」といっても、『古事記』が好きになったとか、各地の神社を巡ったとか、そんなレベルの話じゃない。
本当に神々が住む『古事記』の世界へ行ってしまったんだ。

*  *

「あれ? 俺ってなんで生きてるんだっけ?」

胃から何かがこみ上げてくるような感覚。頭が割れるように痛み、全身がだるい。……そう、これは完全なる二日酔いだ。そんな圧倒的バッドコンディションの中、目が覚めた瞬間に出た言葉が「生きていることへの問い」だった。

時間はもう午後3時。そりゃそうか、朝の7時まで飲んでたもんな。体感睡眠時間は3時間くらい。でも本当は、7時間くらい寝ていたようだ。なんとか立ち上がり、床に落ちていた適当な服を着ると鉛のように重い足を引きずり、家から徒歩5分の「BAR WHO'S」に向かう。

「今日も雨かぁ。梅雨だもんなぁ……」

2年前に「俺は自分でバーを経営して、理想の人生を送るんだ!」とか大見得切って脱サラしたのに、まさかこんな暗い言葉を思い浮かべながら目を覚ます日が待っているとは思いもしなかったな……。脳内で愚痴をタラタラと垂れ流しながら店に着く。

いつも通りに鍵を開けて、電気をつけて、少しカビ臭い店内の掃除を始める。朝まで飲んで片づけずに帰ったから、店内は悲惨なことになっている。

10人掛けのこぢんまりしたバーでも、酒が染み込んだ体ではなかなか掃除がはかどらない。今すぐ家に帰って、布団の上で漫画を読みたい。

だけど、手際良く掃除を済ませないといけない理由が俺にはあった。そろそろ口うるさい〝あの男〟が来てしまうからだ……。

体を支配する不快感を我慢しながらゴミをまとめていると、店のドアが開いた。

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