「おはよう……って全然片づいてないじゃないか。昨日は片づけずに帰ったのか?」
「げっ、兄貴、今日は早いね……。いやぁ、ワタリさんがマジでタチ悪くてさ! なんか仕事が上手くいってないとか彼女と別れたとか、理不尽な理由でめちゃくちゃ飲ませてきたんだよ。あの悪質な飲ませ方のせいで今日はちょっと……店、荒れてるんだよね」
「いちいち言い訳すんなよ」
兄貴の棘のある言葉で会話は終わった。
ワタリさんは、この店の数少ない常連だ。俺らのバーの経営が上手くいっていないのをいいことに、金さえ出せばいいと言わんばかりに来る度に泥酔しては、厄介な絡み方をしてくる。
兄貴はいつものように俺の目も見ずに、静かに店の準備を始めた。お互い仕事を辞めてバーの共同経営を始めたのに、性格が正反対だからここ数か月はまともな会話をしていない。
兄貴は俺の頑張りを何一つ見てないし、厳しいことばかり言ってくる。この店の空気の重さは明らかに兄貴のせいだろう。俺は絶対悪くない。
「どういうつもりだ!?」
午後9時。オープンして3時間経っても、お客さんは一人も来ない。今日は金曜日なのにこの暇さはヤバいだろ。しかも今日は俺の誕生日なのに、誰からも祝われる気がしない。貴重な常連はタチ悪いし、いよいよ大丈夫か? 俺の人生。
まだ完全復活していない体にこの辛い現実は、少しばかり重い。こんなときは、ネガティブな考えがつい頭をよぎってしまう。もしバーをたたむことになったら、今度は何をしよう? また就職するにしても、今の俺にできる仕事なんてあるのか?
そんなことを考えていると、珍しく兄貴が話しかけてきた。
「おい、もうすぐワタリさんが来るってよ。今日も飲まされるな」
「マジか! 昨日あんだけ飲んでよく今日も飲みに来れるな、モンスターかよ! ちょっとさ……しばらく控え室にいてもいいかな? お客さんはワタリさんだけだし、頼むよ!」
「はぁ? おい、待てよ!」
兄貴は半ギレだったが、俺は〝地獄の常連〟ワタリさんを兄貴に押しつけて控え室に逃げることに成功した。いつもの兄貴なら絶対に断るが、兄貴は昨日店を休んでいた。その負い目から、ワタリさんのソロ対応を引き受けざるを得ないのだ。ラッキー!
ギィィ……。
静寂が支配する店内に建て付けの悪いドアの音が響く。控え室とバーの店内を隔てる扉は薄いから、店内の音は丸聞こえだ。
「やってるかぁーい? おいコラ! ガッハッハ!」と調子の良さそうな声が聞こえる。この吞気な声はワタリさんだ。笑い声だけですでに酔っ払っていることがわかる。控え室に逃げてきて正解だった。
扉越しにワタリさんと兄貴の会話を聞きながら、溜まっていた事務仕事に手をつけようとするが、どうしてもパソコンを開くことができない。
気がつけばスマホゲームのアプリを開き、午後9時に更新されるログインボーナスをもらっていた。1年前から始めて、すでに2万円ほど課金している俺にとってこのタイミングを逃すわけにはいかないのだ。
「どういうつもりだ!?」
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