「プロポーズするために旅をしているのか?」
タマちゃんが教えてくれたこと。
ここは数千年前の日本で、俺はナムチという“下の中”の神様であること。
ナムチは、兄たちとどこかに向かっていること。
それらを振り返りながら歩いていると、先を歩いていたタケルたちが戻ってきた。
「おいコラ、ナムチ! キビキビ歩けよ! お前はただでさえのろいんだから」
「あー、クソ! タマちゃんの声も聞こえなくなっちまったし、これからどうすればいいんだよ……」
「何を言ってるんだコイツは? 早く歩かないと先に行くぞ。おぉい、勇敢な八十神たちよ、景気づけに歌でも唄おうではないか! ガッハッハ!!」
タケルの呼びかけに八十神たちが応じると、一行は野球の応援団もびっくりするくらいの声量で唄い始めた。
勇ましき八十神が
海越え、山越え、あなたに会いに行きますぞ
因幡国の美しき女神ヤカミヒメ
あなたに見初められれば、因幡国は我らのもの
八十神は必ずやあなたを妻にしますぞ
ワッショイ! ワッショイ!
「な、なんだこの変な歌は……まさかコイツら、ヤカミヒメとかいう人にプロポーズするために旅をしているのか?」
「今更何を言ってるんだ? ヤカミヒメと結婚できれば、因幡国は思うがまま! そのために遠い祖国からはるばる旅をしているんだからな。祖国の王位継承権を持たないワシらは、この方法で成り上がるしかないだろう」
コイツら、何言ってるんだ? 結婚で国を牛耳ろうとするなんて、現代人の感覚だとタケルが言っていることは全然理解できない。
「おっと、父上のお気に入りであるお前は別だったかな? さぁ、因幡国も目前だ。弟たちよ、駆け足で行くぞ!」
「か、駆け足? 今でももう限界なんだけど……あっ、ちょっと!」
「ナムチよ、お前はゆっくり歩いて来るといい。万が一ヤカミヒメがお前を選ぶなんてことがあったらコトだからな! おっと、預けた荷物はちゃんと運ぶんだぞ? 1つでもなくしたら殺すからな! ガッハッハ!」
タケルの号令をきっかけに八十神たちはものすごいスピードで駆け出し、あっという間に見えなくなってしまった。
「あぁ、行っちゃった……。それにしてもこの体の持ち主のナムチってなんであんなに兄たちから疎まれているんだろう。下の中なのにな」
神様になっても能力は並以下。転生したのに無双もできない。現世と同じで、兄ともうまくいかない。結局俺の人生って、どう転んでもダメなんだな。
転生早々、やるせない気持ちを抱えながら草原を歩いた。小一時間ほど進んだところで、風が強く吹きつけ、心地よい潮の匂いが漂ってくると、海が近いことに気づいた。足早に進むと、目の前には眩しい光が反射する海が広がっていた。その眩しさに少しでも気を紛らわせたかった俺は、深呼吸をして景色に見とれてしまった。しばらく海を眺めていたら、どこからかシクシクとすすり泣く声が聞こえてきた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら