「留学すれば何とかなる」は、100年時代遅れ

グローバル人材が本当に大切にするべきこと

糸切りをしながらいろいろと考えた。けっこう楽しい時間だった。服1着当たりの糸切り作業には、どのくらいの価値があるのだろうか? だいたい30円くらいだろうか? それぞれの工程はいくらくらいの価値を生み出しているのだろうか? この制服が明日には、遠い場所に運ばれて、その日の夜には最終顧客に届く。届いた人はどういう顔をしながらこの制服を着るのだろうか? この制服を着てどういう経験をするのだろうか?

教育も経営も大事なことは同じ

4時間ほど作業を続けた。私の生み出した価値は1500円くらいになるだろうか。そういえば、日頃は生み出した“価値”をおカネに換算しにくいことばかりしている。私は自分の研究・仕事で社会にどれくらいの貢献をしているのだろうか? その価値はどんなもので、どう計るのか? そもそもそれを貨幣価値に換算する必要はあるのだろうか?

すぐに答えは出せなくても、考え、問い続けなければならないことだ。そして、自分が仕事をしている教育分野に目を向けると、この分野では、特にその“価値”の何たるか、そして大きさが見えにくいということを感じた。

糸切りの作業中、さまざまな思いを巡らせる中で、留学ブームの問題点と会社経営のあり方がリンクしたような気がした。教育においても経営においても、結局、最も重要なのは、大きな目標を見通しながらも、目の前にあることをしっかりとこなし、積み上げていくことなのだ。わかりやすいうわべの目標だけでできることはあまり多くない。

父は、いっさい仕事のことを家庭に持ち込まない。疲れていようが、うまくいかないことがあろうが、よいことがあろうが、いつも食事中は人の話を聞かず、食後は庭で犬と戯れ、週末は釣りに出かけている。私は大学に入るまで、会社の規模も状態も何も知らなかった。もちろん、会社を継ぐだなんて話は、今まで一度も出てきたことがない。私とは大きく違い、15歳から働き始めた父だが、10年ほど前、珍しくため息をついていたことがあった。跡継ぎがいない会社をどうすべきか。決断を迫られる時期だったようだ。

いつも、「釣りに行こう」だとか「どこか冒険に行こう」と言うだけで、「ああしろ、こうしろ」とはいっさい言わない父だったが、そのときばかりはまじめな顔で、「今から自分が行う決断によって、従業員、下請け会社の社員、そしてその家族の生活が決まる。1000人単位の人の人生が変わる。とてつもなく大きな責任だ。お前もそういう人間になるんだぞ」と話した。

初めて、父から大きなものを伝えられた気がしたのを、今でも覚えている。そして、海外にも工場を持ちながら健全な経営を長年続けてきた父が、最近、決まって口にするのが、「目の前にある当り前のことをしっかり見つめ、焦らずしっかりと誠実にやっていけばいいんだ」という言葉だ。

これは決して、国内でのみ通用する言葉ではないはずだ。実行するために“グローバル”という要素が補完的に必要になってくる時代ではあるが、本質は変わらない。そういえば、私の恩師たち、物理と教育社会学の世界的な研究者である2人の手には、いつもペンダコがあった。足腰の基礎が強くないと高くは跳べないのだ。

世界の英知を結集して課題に取り組むグローバルという時代の流れの中でも、目の前の当り前にもう一度目を向けたい。失ってしまったときにいちばん大きく感じるのは、いつも目の前の当り前のものなのだから。

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