「インフレ率2%」は日本経済を破滅させてしまう なぜ無理に欧米と同じ基準を押しつけるのか

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競馬である。

2023年7月10〜11日に北海道苫小牧のノーザンホースパークにて行われるセレクトセール。1歳馬、当歳馬の競り市であり、主催者である日本競走馬協会が厳選した良質な馬が上場されることで知られる。

これは、社台グループ(ノーザン、社台と別々の組織で競っているが、要は同じグループである)の世界的な発展を確実にしたビジネスモデルであり、その登場は、以前は相対で取引していた(庭先取引と呼ばれた)業界に起こしたイノベーションであった。

現在、ディープインパクト、キングカメハメハという種牡馬の2大巨頭が他界し、ハーツクライも引退、その次を担う最有力のはずだったドゥラメンテは早逝し、超大スター種牡馬のいないオークションになってしまっている。

しかし、それでも1億、2億は当たり前だったディープインパクト産駒と同様の、激しい入札競争が繰り広げられる。サラブレッドの物価は高騰しているのである。超インフレである。ディープがいれば億などにはならなかったはずの種牡馬の仔が、なぜ2億円にもなるのだろうか。

それは、みなオーナーになって、ダービーが取りたいからである。ダービー馬になる可能性のある馬を買いたいからである。そして、ダービー馬は毎年1頭だけ生まれる。ディープインパクト産駒がいなければ、歴史的に見ればその下の血統の馬でも再来年のダービーのチャンスはある。

超富裕層に関するインフレ率の基準を変えたほうがいい

だから、ダービー馬のオーナーになる可能性(おそらく客観的には0.5%程度だが、入札している本人にとっては50%もの主観確率)に2億円も払うのである。

つまり、現代の飽和社会、すべての物欲が満たされ、これまでの人生で経験のないエクスタシーを求める超富裕層に関する物価あるいはインフレ率は、財やサービスを基準にして測るのではなく、それらの財やサービスで得られるエクスタシーの期待値1に対する価格で測るべきであり、「競争馬の馬主になることによるエクスタシーの期待値」という財の価格は超インフレになっているのである。

これは競走馬だけでなく、世界中で全面的に起きていることであり、腕時計などの異常な高騰なども、これで説明できるはずだ。

この超インフレから距離を取りたい私は、地味で値下がりしてきた種牡馬、ダービーがとれそうもない種牡馬の子供、ダービーがほぼありえない牝馬である仔の一口馬主を狙う。ハービンジャー、ヘニーヒューズといったダート血統と思われている種牡馬ならなおよしだ。

このセレクトセールでは買えないが、みなさんも別途売り出されているところで一口馬主になるのは、どうだろう? 貧乏人が超富裕層よりも有利に買い物できる、珍しい世界かもしれない。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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