さて、このような世界において、アメリカのインフレ率の上昇とはどのようなものになるか。
今回、アメリカ(欧州も)でインフレが大騒ぎとなった理由は、必需品がサプライショックによって急騰したからである。必需品は儲からないから、海外からの輸入に任せていた。食料も半導体も、である。これらが急騰した。国内では手を抜いていたから、ショックのダメージは大きかった。
日本の政治家と中央銀行とエコノミストたちは、賃金上昇と物価上昇の好循環を全力で求めているようだが、欧米ではこれは悪夢だ。英国の『The economist』誌の記事「Wage-price spirals are far scarier in theory than in practice」(6月15日付)の冒頭の文章はまさに、“A wage-price spiral is the stuff of inflationary nightmares.”(賃金と価格のスパイラルはインフレの悪夢のようなものだ)で始まっている。
日本では、どんなものでも可能な限り国内でも作ろうとしていた(生産者が悪あがきをして残っていた)から、そのショックは相対的に小さかった。さらに価格設定行動からショックを、それぞれみんなが無理して(我慢して)吸収した。だから、それほどでもなかった。
一連のサプライショックの影響が収まってきても、英米そして欧州大陸のインフレはなかなか止まらない。それは、家賃という必需品でありながら、富裕層にとっては金融的な投資対象でもある不動産の価格が上昇したままであるからである。また、サービス価格およびそれを形成する人件費が下がらないからである。
これは、これまで必需品を軽視してきたツケであり、労働者を、格差を維持したまま使い続けてきたツケである(エッセンシャルワーカーなどとコロナのときだけ呼んでも遅いのである)。
一方、日本では必需品のコストとなる、サプライショックが収まれば収まる。だから、今後のインフレ見通しは高くないのである。
低所得者や年金生活者が暮らせる社会が失われかねない
さて、このような日本経済、日本社会において、インフレ率が継続的に安定して高まるとはどういうことか。必需品が継続的に上がり続ける、ということである。
日本のお家芸である生産効率性、コストパフォーマンスの強みが失われるのである。低所得者や年金生活者でも暮らしていきやすい社会、経済が失われるのである。何がうれしくて、日本社会の最大の長所を壊そうとしているのだろうか。
最後に、次回以降に深く議論したいが、実は今のインフレ率の考え方自体がすべて間違っていると私は考えている。少なくともエンターテインメント品と呼ぶべきぜいたく品は、物理的なモノあるいはその性能を基準にして、物価の変化を測るのではなく、その製品またはサービスの消費によって、消費者自身が感じる快楽、興奮度、幸せ度を基準に物価の変化を測るべきと考える。
すなわち、昨年と同じ興奮をスマートフォンから得るためには、性能が大幅アップしたスマホの「バージョン14」が必要であり、「バージョン13」ではダメなのである。
仮に14が13の価格の2倍だとすると、性能が2倍になっていれば、これまでの物価の計算方法では価格は不変ということになるが(大ざっぱに言えば)、消費者にとっては物価は2倍に上昇したのである。
また、起業家長者たちにとって、昨年は一晩に100万円を派手に使って遊べば楽しかったが、同じ興奮を得るために1000万円使わないと楽しくないのであれば、このエンタメ物価は10倍に上がっているのである。
そう考えると、GDPが大きく伸びている先進成熟国における実質GDPは、ほとんど上がっていないことになる可能性があるのである。この話はまたいつか、回をあらためて論じよう。
(本編はここで終了です。このあとは、競馬好きの筆者が週末のレースや競馬論を語るコーナーです。あらかじめご了承ください)
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