中国がロシアの港を奪還? 極東権益を侵食中 ウラジオストク港の使用権を165年ぶりに回復

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中国とロシア(旧ソ連)は1989年5月、当時のゴルバチョフ共産党書記長の訪中で関係を正常化。最大の懸案だった国境問題は2004年、東部のウスリー川など3河川の係争地を2分割することで合意し国境線を最終画定した。

しかし、不平等条約によって奪われたウラジオストクの存在は、中国にとっては屈辱の歴史の象徴でもあった。一方、ロシアにとっては極東最大の軍事的意味という重要性がある。にもかかわらずウラジオを開放したのは、中国との協力によって、加速する衰退と孤立を回避したいからだ。

中国が獲得したのはウラジオストク港使用権だけではない。習近平は5月18、19日、シルクロードの古都西安で中央アジアのカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン5カ国首脳との首脳会議を開いた、

中国と5カ国の2022年の貿易総額の合計は703億ドル(約9兆6300億円)と前年比4割増で過去最高だった。首脳会合は5月19日に「中国・中央アジアサミット西安宣言」を採択、①「一帯一路」推進の確認、②中央アジアの治安維持やテロ対策の支援、③貿易・エネルギー開発の加速と総額260億元(約5100億円)の資金援助をうたった。

中国・キルギス・ウズベク鉄道が前進

日本の全国メディアは報じていないが、宣言は中国・新疆ウイグル自治区からキルギスタンとウズベキスタンに延びる「新鉄道建設」(総延長523キロ)の着工加速も盛り込んだ。鉄道が完成すると、中国貨物を鉄道で中央アジアから中東各国に輸送できるだけではない。中国から欧州への鉄道の最短ルートにもなるのだ。

計画は1997年に浮上したが、山岳地帯を貫く工法や環境問題、軌道幅など技術問題に加え、ロシアと中国のどちらが出資するかなど政治的理由もあり一向に進展しなかった。

変化は2022年5月16日、モスクワで開かれたロシアと旧ソ連構成6カ国の集団安全保障条約機構(CSTO)首脳会合で起きた。プーチンがキルギス大統領の進言を受け、計画を中国資金で建設することに「反対しない」と初表明した。これにより着工への展望が一気に開け、王毅外相(当時)は翌6月に「2023年着工」を発表した。

中国のロシア権益侵食について、ロシアはどう受け止めているのか。フランスのマクロン大統領は2023年5月14日付のフランス紙とのインタビューで、ロシアは国際的に孤立し、「中国の属国に成り下がった」と酷評した。

これに対しクレムリンのペスコフ報道官は「両国は戦略的パートナーであり、従属かどうかの問題などない」と反論した。プーチン自身も6月16日、サンクトペテルブルク「国際経済フォーラム」で、欧米制裁にもかかわらず、「世界経済のリーダーの地位を維持する」と強気の姿勢をみせた。

しかしプーチンの強気に説得力はない。中国共産党は1921年の創設以来「共産主義の祖国」ソ連から、革命理論をはじめ党組織論を学んできた。新国家建設もソ連をモデルにし、ソ連を「兄」、中国が「弟」の兄弟関係にあった。

その関係がいまは完全に逆転したのは、差が開く一方の経済力にある。ウクライナ戦争発動の遠因は、1991年のソ連崩壊。長期にわたり世界の半分を支配した「帝国の喪失感」はプーチンだけでなくロシア国民に広く共有されている。

しかし戦時経済の長期化でロシア経済は深刻な打撃を受け、中国の協力抜きの生存は危うい。ウラジオストク港の使用権回復と中央アジア権益拡大は、中国がロシアの弱さを突いて獲得したものだ。同時に権益侵食が過剰になれば「傷ついた熊」の誇りを傷つけかねない。

それが高じれば、中ロ関係にひびが生じ西側の利益になることを中国は自己の歴史経験から知っている。今後中国がどこまでロシア権益に手を出すか、アクセルとブレーキを交互に踏みながら微妙なハンドリングを迫られる。

岡田 充 ジャーナリスト

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おかだ たかし / Takashi Okada

1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「米中新冷戦の落とし穴」など。「岡田充の海峡両岸論」を連載中。

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