有名音楽家にみる「子供が自発的に練習する瞬間」 チェリスト佐藤晴真氏が語る幼少時代

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僕は昔から歌が好きだったのですが、チェロの音は人の声に近いので、それも惹かれた理由の1つだったのかもしれません。

実はこの時、兄もチェロをやりたいと言い出した。同時に2人分の楽器を買うのはちょっと難しいということで、まず兄がチェロを習い始めることに。僕は、それまで兄が弾いていたおさがりのバイオリンを持たされて、その後1年半バイオリンをやりました。

──​​幼い時期にバイオリンを1年半習いながらも、チェロへの思いは変わらないままだった、ということに驚きます。

確かに、今思えばそうですね(笑)。ただ、僕が音楽に興味を持った理由自体が、チェロでした。チェロの音を聴いたことはとても衝撃的で、それがそのまま音楽に対する気持ちになったんだろうなと思います。

準備の期間がいちばん楽しくなった

──​​成長するにしたがってコンクールの場で腕を競うなど、厳しい競争の世界になっていくと思います。その過程で心が折れたりモチベーションが下がったりしませんでしたか?

小学生のとき、初のジュニアコンクール出場で3位をもらいました。それまではとくに大きな目標もなく、毎週のレッスンで前回よりうまくなることだけを目指して続けていたのですが、3位をもらえてすごくうれしかった。そのとき、どうせやるなら1位を取りたいという気持ちが芽生えたように思います。

一方で、コンクールについては、最初からあまり厳しいものだという見方をしていなかった。賞を取れたらうれしいし、来年に向けてまた頑張ろうと思うけれど、追い詰められる感覚は持ったことがない。小さい頃から、つねにプラスの気持ちで向き合ってきました。

──​​ミュンヘン国際音楽コンクールのような大きなコンクールになると、また違ってくるのでしょうか。

ミュンヘンの舞台でも気持ちは同じでした。さすがに緊張したりはするけれど、結果が悪くても、自分が納得できる演奏だったら満足できるというか。もちろん、ミュンヘンで1位を取ったことにはすごく深い意味がありますが、「1」という数字自体に意味があるわけじゃない。コンクールまでの過程で自分がどれだけ成長できたかがいちばん重要なことだと思います。

順位はなんだってよくて、コンクールの準備期間中に、1カ月前の自分や、昨日の自分に比べて、どれだけ成長できたか。これが僕にとってコンクールを受けることの最大の価値です。

小さい頃は、どうせ出るからには1位を取りたいと思って頑張っていました。でも、回数を経る中でだんだんと、やっぱり準備の期間がいちばん楽しいなと。コンクールの本番30分ちょっとの舞台のために半年、1年かけて準備をしますが、それをコツコツやる楽しさ、集中して取り組む面白さです。

──​​努力できるかできないかも才能だと言いますが、佐藤さんはそうした努力が苦にならないと。

自分では、努力しようと思って努力している感覚はないんです。それよりも、一瞬一瞬、何かを発見していくことに達成感がある。僕は小さい達成感を喜べる人間なのかな、と思います。

後編に続く:佐藤晴真氏が語る「チェリスト」の奥深い世界
 

山本 舞衣 『週刊東洋経済』編集者

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やまもと まい / Mai Yamamoto

早稲田大学商学部卒、2008年東洋経済新報社に入社し、データ編集、書籍編集、書店営業・プロモーションを経て、2020年4月育休を終え『週刊東洋経済』編集部に。「経済学者が読み解く現代社会のリアル」や書評の編集などを担当。

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