「日本の銭湯」世界遺産並みの価値が認められた訳 「テルマエ・ロマエ」に登場した銭湯には助成金

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幸いにして稲荷湯の場合はそれらをクリアできた。認定後半年してアメリカン・エキスプレスの協力を得て、WMFから約20万ドルの助成を受けることになり、銭湯の脱衣所や外構など本体の修復・耐震補修工事に加え、稲荷湯に付属する長屋を湯上がり処として使える地域サロンに再生する計画が実行された。

雑誌
フランス向けに日本文化を紹介する雑誌に取り上げられた稲荷湯の女将さん。海外のメディアにとって銭湯は魅力的で面白しい存在なのだろう(写真:筆者撮影)

「普通の長屋」の価値が認められた意義

ここで面白いのは長屋の存在だ。銭湯本体に比べると庶民の住宅であり、文化財という言葉がちょっと重いようにも思われる建物である。日本の文化財の大半は偉い人が建てたり、暮らしたりした立派な建物で、長屋のような普通の住まいを保存修復しようという動きもあまり聞かない。それをわざわざ改修して使う。そこに支援の意図があると思われるのだ。

稲荷湯
稲荷湯に隣接、修復された長屋。もともとは2軒だったものを繋ぎ、土間と小上がり、2つの空間を設けた(撮影:尾形 文繁)

ひとつは改修にあたり、たんに修復するのではなく、それに伴う歴史、技術の継承などが重視されているという点。そのため、栗生さんたちは左官職人と共に長野まで土壁に使う土を買いに行ったり、すでに廃業した建具職人に作業を依頼するなどあの手この手で材料や職人を探して工事を行った。作業中には何度かワークショップを開催し、一般の人たちに参加してもらった。歴史的建造物の保存は技術の継承とのセットなのである。

もう1つは長屋を地域のコミュニティのハブとして再生するという点だ。かつての銭湯は地域の中心地にあり、そこに住む人達が顔を合わせる場であった。だから、本来は銭湯がその役割を担うはずなのだが、銭湯が身近でない人たちが増えた現在、いきなり「銭湯に入ろう!」は難しいこともある。

だとしたら、その手前に気軽に立ち寄れる場があればと考えると長屋の役割が見えてくる。銭湯の入り口としての長屋であり、一度銭湯を経験した人がつながる場なのである。銭湯が持つコミュニティを育む力を支援する存在と言ってもいいかもしれない。

稲荷湯
東京の銭湯といえば、この宮造り。入母屋屋根、その上に唐破風、さらに千鳥破風と3段の構えになっており、実にクラシカル(撮影:尾形 文繁)
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