アメリカが中国に圧勝したフィリピン争奪戦 大統領選勝利から1年、ボンボン・マルコス氏変身の理由

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フィリピン人の対中感情はもともと悪い。地元民間調査会社パルスアジアが2022年6月、10カ国を対象に信頼度を聞いたところ、「アメリカを信頼する」と答えた人が最高の89%、日本が78%だったのに対して、中国は最低の33%だった。

中国の黄大使がさらに反中感情に油を注いだ。EDCA対象に北部の基地が含まれたことに対して4月14日、「フィリピン政府が台湾で暮らす同郷の海外出稼ぎ労働者(OFW)15万人のことを真剣に考えるのなら、台湾海峡近くの軍事基地へのアクセスをアメリカに提供するのではなく、台湾独立に明確な反対を唱えることを勧める」と発言した。

国策として海外出稼ぎを奨励するフィリピンにとって、OFWの安全や福祉は国家的な関心事であり、身内に必ずOFWがいるフィリピン人にとっては琴線に触れるテーマである。大使発言に対して、日刊紙「インクワイラー」は「中国の本音」と題して「台湾で働くフィリピン人労働者を人質に取るような発言だ。誘拐犯が人質の家族に対し発する脅し文句に等しいが、これが中国の本音であろう」と論評した。

両大国次第のフィリピンの運命

中国に対する嫌悪感情は、マルコス氏を時に「権威主義的な独裁者の息子」と批判するリベラル勢力にも共通する。いわば国民一致のセンチメントといえる。

反米親中路線を取ったドゥテルテ前大統領はその例外だった。大統領を除けば政権内、中でも国軍幹部の多くはアメリカへ留学し、長年の協力関係もあることで反中親米だった。任期を通して高い支持率を誇ったドゥテルテ氏でさえ、忌み嫌っていた米比合同軍事演習を止めることはできなかった。

逆に言えば、中国にとってドゥテルテ時代はフィリピンを取り込む千載一遇の好機だったが、これを活かすことができなかった。

ドゥテルテ前大統領が2016年に初めて訪中した際は、中国政府は90億ドルの政府開発援助(ODA)と150億ドルの企業投資の計240億ドルの経済協力を約束した。ところが6年後に政権交代した時点で完成した事業は、マニラ市の橋梁などごくわずか。金額でいえば約束の数分の一も果たされなかったという。安倍晋三元首相が2017年にドゥテルテ政権に約束した5年で1兆円規模の支援・投資が実行されたのと好対照だった。

中国政府は2023年1月のマルコス氏が訪中した際、企業投資を中心にODAも合わせ総額253億ドルの経済協力を約束した。金額でいえば、ドゥテルテ氏への約束やマルコス氏が前後に訪れた日米などを上回るが、フィリピンでは中国の口約束を額面通り受け取る向きはもはやいない。

安全保障面でアメリカ寄りに舵を切ったマルコス氏は、台湾有事となればフィリピンが巻き込まれることを認めている。カガヤン州ではEDCAに反対する住民の集会も開かれている。戦場になるのではないかという不安は当然だろう。マルコス氏の変身、政権の判断が国民に吉と出るか凶と出るかは、両大国の対立の行方次第といえる。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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