アメリカが中国に圧勝したフィリピン争奪戦 大統領選勝利から1年、ボンボン・マルコス氏変身の理由

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アメリカ政府挙げての歓待ぶりはその4日前、4月26日に韓国の大統領として12年ぶりに国賓待遇で訪米した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領への厚遇と通じるものがあった。いずれも直接選挙で選ばれた中国の隣国の指導者。対中包囲網を敷くうえで、大きな権力を握る大統領自身をアメリカ側陣営にしっかり取り込みたい思惑が共通していた。

毛沢東主席を表敬していたマルコス氏

大統領就任前のマルコス氏は、中国寄りの路線をとるとみられていた。日本をはじめとする世界のメディアやアメリカ政府関係者もそう見ていた。理由は過去の言動にあった。

アキノ政権が2013年、南シナ海の領有権をめぐる中国の主張を「国際法違反」としてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴し、2016年7月にフィリピン側の勝訴となった裁定について、マルコス氏は大統領選の最中の2022年1月25日、「片方の当事者しか参加しない以上、裁定は仲裁の意味をなさない。役に立たない。2国間協議しか道はない」とテレビ番組で発言していた。

裁定を「紙くず」と断じる中国政府や、棚上げしたドゥテルテ前政権と歩調を合わせる発言と受け止められた。

立候補宣言後の2021年10月には、在フィリピン中国大使館を訪れて黄渓連大使と親しく懇談していた。人口わずか10万人の地元北イロコスの州都ラワグに州知事時代の2007年、中国領事館を誘致していた。1976年に母イメルダ氏と北京を訪れ、当時の毛沢東国家主席と会談した過去もあり、中国への思い入れは強いとみられていた。

ところが今回の共同声明は、ハーグ裁定を「留意する」との文言が盛り込まれた。2023年4月に7年ぶりに開催された米比外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の共同声明では、ミスチーフ礁など南シナ海で中国が埋め立てた岩礁やフィリピンが実効支配するものの中国公船の絶え間ない圧力にさらされているアユンギン礁などの具体名を挙げたうえで、「法的拘束力のある仲裁裁定によりフィリピンの主権が認められている」として国連海洋法条約の順守を中国に求めた。仲裁裁定に関して大統領就任前の態度を一変させたといってよい。

マルコス氏に「変身」を迫ったのはバイデン氏だ。マルコス氏の当選が決まると、他の首脳に先駆けて電話を入れ、祝意を伝えた。マルコス氏は当時、20年にわたり独裁体制を敷いた元大統領の父の時代の人権侵害に関連するアメリカ内の訴訟で法廷侮辱に問われ、3億5000万ドルの罰金支払いを命じられたが支払ってこなかったことから、訪米すれば当局から拘束される可能性が指摘されていた。

バイデン氏は電話の後、シャーマン国務副長官をマニラに派遣し、大統領就任前のボンボン氏に直接「外交特権による免責が適用されるため、アメリカには自由に入国できる」と事実上の招待状を届けた。

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