そもそも、イーブイに片付けを依頼してきたのは本人ではない。母親の友人である女性だった。その女性が話す。
「彼女の家がゴミ屋敷になってしまったのは、私が知る限りで2回目です(1年半前に1度、家族や友人の手を借りて片付けている)。私は彼女が手を抜いて、片付けるのが面倒くさくて、こんな状況になってしまったと思っていたんです。『私の家は汚くないのに、なんであんたの家は汚いの』『なんでちゃんとできないの』と、彼女のことを責めていました」
友人の状況を打開する方法はないものかと探していたところ、YouTubeで「イーブイ片付けチャンネル」に行き当たった。その動画で、二見さんの「苦手な分野は人それぞれある」という言葉を聞いてハッとした。
「彼女は料理が得意だけど私は苦手。彼女はたまたま片付けが下手くそなだけで、私は片付けができるだけなんです。すぐに電話して謝りました。責めてごめんって」(友人の女性)
それから同チャンネルの動画を共有するようになり、ついに母親から「代わりに連絡してくれないかな」と相談があった。本人としてはかなり切羽詰まっていたのだ。
人が悩んでいるとき、第三者の勝手な感情は、より追い打ちをかける。それが心配や思いやりから来るものであってもだ。現状を否定するのではなく、現状をよりよいものに変えるにはどうすればいいのかを一緒に考えてあげなければいけない。そう二見さんは言う。
ゴミ屋敷の住人の中には、子どもと一緒に住んでいるという人が少なくない。このケースを配信した後、「じつは私も悩んでいたんです」というシングルマザーたちからの相談が殺到した。「現場の撮影をしてほしい」という本人の希望は、自分と同じ悩みを抱えている人たちへの想いから生まれたものだった。
ゴミ屋敷であることが普通になってしまう
母親からの愛情が2人の子どもに注がれているとはいえ、ゴミ屋敷の中で暮らすことが子どもたちにいい影響を与えるかというと、正直言ってそれはないだろう。
「小学生の頃って友だちの家がゴミ屋敷でもなんとも思わなかったはずです。いま思えば、僕の友だちにもゴミ屋敷に住んでいる子がいましたが、子どもにとってそれは城のように見えて、むしろ遊ぶ場になっていました。けれど、遅くとも高校生になる前には、周りのその感覚も変わってくると思うんです。けれど、本人がゴミ屋敷にいる状況が当たり前になってしまうと、その子が大人になったときに周りとの違いが浮き彫りになり、大きな問題が生じてしまいます」(二見さん)
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