しかしNATO加盟国でないウクライナに対しても、アメリカや欧州諸国が任意に軍事介入する可能性を示唆し、ロシアの予見される行為に厳しい制裁を課すことにより、ロシアの行動を抑制する道筋は残されていた。しかし、アメリカ政府は早々にウクライナに地上軍を派遣することを否定し、欧州諸国も軍事介入の意思を示さなかった。プーチン大統領の戦略計算における損失の見通しが低く見積もられたことは、想像に難くない。
また侵略行為に対する強靭性(防御)に関しても、ロシアがウクライナ軍の抵抗能力、ウクライナ国民の団結、欧州諸国の対ウクライナ支援に関する見通し、ロシアに対する経済制裁を過小評価していたことは明白である。ロシア軍の戦力優位を利用して、迅速かつ効果的にウクライナを制圧できると考えたのであろう。これが明らかな自らへの過信と相手に対する過小評価であったことは、その後の戦争の経緯が証明している。
戦争の始まり方における教訓は、侵略する意図を持った指導者に侵略のコストを過小評価させたことにある。NATOが軍事介入の可能性を強く示唆し、ウクライナ軍の強靭性や苛烈な経済制裁によってロシアに甚大な損害が及ぶことが事前に示せていれば、この戦争は防げていたかもしれない。
戦争の戦い方:継戦能力の維持と防御優位
2022年2月の戦争開始から1年間で、ロシア・ウクライナ戦争は4つのフェーズ----①初期のロシアの電撃作戦の失敗と北部撤退戦、②ロシア軍の東部2州制圧と南部侵攻を経た東南部4州の併合、③ウクライナ軍の反攻・反転攻勢(ハルキウ・ヘルソン)とロシア軍の追加動員、④戦線の膠着と打開に向けた欧州諸国の支援とウクライナ軍兵装の転換----が展開した。
この戦争の経過において、もっとも特筆すべきは、ウクライナ軍が組織的抵抗力と継戦能力を維持し、ロシア軍の作戦遂行能力を拒否し続けたことだった。
ウクライナ軍の抵抗力・継戦能力を支えた決定的要因は、ウクライナ軍の防空能力が維持され、ロシア軍が各フェーズにおいて制空権を獲得できない環境下で、地上戦を継続できたことにある。ウクライナ軍は米軍およびNATO諸国から防空システムの供与や情報支援を受け、ロシア軍の効果的な航空作戦と制空権獲得を困難にした。また、地上では地理的要因を生かした遊撃戦術や携行型の対戦車・対空ミサイルの効果は顕著で、榴弾砲や多連装ロケットによる砲兵火力でもロシア軍に多大な損耗を与えた。
ロシア軍はウクライナ軍に対して圧倒的な機動部隊(戦車・機械化歩兵)と火力の優位を誇りながらも、ウクライナ軍の抵抗により甚大な損耗を被っている。戦争開始から1年間でロシア軍は全軍が保有する戦車の半数近い1500両以上を喪失し、歩兵戦闘車両の喪失も2000両を超える。ロシア軍が効果的に機甲戦による攻勢作戦を展開できなかったことにより、激戦地においてはしばしば第一次世界大戦を彷彿させる塹壕戦が展開されるようになった。両軍の戦況の膠着は徐々に消耗戦の様相を強めていった。
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