人はなぜ「どうせ」思考に陥ってしまうのか 「目的を追いかけ続ける人生」に潜む限界
しかし、よくよく考えてみると、それもまた「目的を追いかけ続ける人生」にほかなりません。目的を追いかけ続ける人生に絶望した人が、その空虚さを埋めるために新たな目的を追いかける。そのことの滑稽さに気づいた瞬間、人は人間存在というものが抱えている、根本的な空虚さに打ちのめされてしまう。僕はこれこそが、5月病の本質だと思うのです。
目的を追いかけ続ける人生に、どこかでいったん終止符を打って、少し異なる次元に立たない限り、僕たちは五月病とは無縁でいられません。
お金儲けや恋愛、あるいは名誉。何であれ「目的」や「目標」あるいは「結果」を追いかけ続ける限り、僕らは例外なく「5月病」予備軍です。もちろん、目的を追い続ける限りは力強く人生を歩むことができるでしょう。目的を達成することの空虚さに気づいてしまった瞬間、それまでの人生がいかに空虚なものであったかということを思い知らされてしまうことになります。
「身体」に向き合おう
ではどうしたらいいのか。目的や目標を追い求める人生から抜け出す鍵は、以前『驚く力』という本でも述べたように「いま、ここ」に向き合うということ。そして、そのために必要なことは、「身体」に向き合うということです。
というのも、身体というのは、目的意識に支配された僕たちにとって、常に(いい意味でも、悪い意味でも)予測を裏切り続ける存在だからです。スポーツや武道、あるいは茶道や能といった、身体を使った芸事に取り組んだことがある人であれば、僕たちの身体には、僕たちの想像をはるかに超えた可能性が眠っていることを知っています。
一方で、病や身体のかたさや弱さ、あるいは故障といったものは、僕たちの身体は有限であり、決して僕たちの思い通りにはならない、ということをわかりやすく教えてくれます。
身体と向き合う日々を重ねていれば、身体はだんだんと、僕らの問いかけに答えてくれるようになります。そして、身体が教えてくれるのは、僕らの身体を含めた世界が、「原因があり、結果がある」という一方向的な因果関係だけで出来上がっているわけではない、ということなのです。
あなたの毎日は、一見同じことの繰り返しに見えるかもしれません。しかし本当は、同じことは決して起きていません。一回性こそが世界の真実です。だとすれば、人生の本質とはその一回性の「今、ここ」を、いかに充実して生きるか、ということ以外にはありません。
目的を追いかけ続ける人生は、未来の目的や結果のために「今、ここ」を犠牲にしてしまうことになるでしょう。あなたが本当の意味で充実した人生を送るために必要なことは、かけがえのないあなたの身体を動かし、「今、ここ」に向き合うことなのです。
一日一回、15分以上のまとまった時間、必ず身体を動かす習慣を身につけてください。たったそれだけのことでも、2カ月、3カ月と続けていくうちに、心の中から「どうせ」という言葉が消えていきます。身体を動かし、「今、ここ」に向き合い続けること。それこそが、5月病から脱するカギなのです。
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