出口治明氏が解説「小説を読むときの2つのコツ」 「地底旅行」を題材に古典の楽しみ方を語る
次に構成を見ていきましょう。旅の物語で起承転結の起になるのは、旅に出る理由やきっかけです。これが物語を大きく回転させる道具になります。
松尾芭蕉も『奥の細道』の冒頭でなぜ旅に出るかを書きました。「月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり」で始まる部分です。
この『地底旅行』では、リーデンブロック教授が手に入れたアイスランドの古い書物に羊皮紙が挟まっていて、そこに書かれていた文章が地底に向かうきっかけになります。地球の中を旅するというのは、現実にはありえないことですが、ヴェルヌはとても上手にきっかけをつくりました。物語は、ここから大きく動き出すのです。
自然科学の知識を自由自在に使いこなす
旅の舞台は、北欧の一番北にあるアイスランドです。リーデンブロック教授とアクセルが暮らしているのは、ドイツのハンブルクですから、デンマーク経由でアイスランドに渡ります。現地で雇ったガイドがハンスです。3人は、アイスランドから地底にもぐっていきます。
なぜヴェルヌは、舞台をアイスランドにしたのか。ここでも自然科学の知識が生きています。2人は地底に向かうのですから穴を掘らなくてはいけません。
みなさんは、地面に穴を掘ったことがありますか? ぼくは田舎で木を植えるときなどに何回かやりましたが、一メートルぐらいの穴でもけっこうしんどいものです。
だからヴェルヌは、地球にもともと開いている穴はないかと考えたのでしょう。一番わかりやすいのは火山ですよね。地下のマグマが噴き出た通り道がありますから、火口から入っていけば地底に行けると考えることはできる。でも、活動中の火山には近づくことができません。だから休火山がいいだろう。アイスランドは、ヨーロッパ有数の火山国ですからぴったりです。
アイスランドでは、過去に何度か大規模な噴火が起きています。特に18世紀に起きた噴火では、有毒ガスが発生して国内だけではなく世界中に深刻な被害を及ぼしましたし、2000年代に入ってからも火山灰が原因で飛行機が欠航することがありました。だけど温泉もありますし、アイスランドという国名ですがそれほど寒くもなく、住みやすいところです。
そういえば、ぼくはノルウェーでこんなジョークを聞いたことがあります。
──アイスランドを発見したバイキングが、なぜこの名前にしたかというと、ここはとてもいいところで、それを知ったら人が殺到するかもしれない。だからあまりほかの人が来ないようにいかにも寒そうな名前にした。その後、グリーンランドを発見すると、そちらは寒くて住みにくそうだけど、誰も人が来ないとさびれてしまうからグリーンランドにしたと。
アイスランド、グリーンランドという名前のつけ方にも人間の知恵が生かされていますね。
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