研究者が開発で「PDCAサイクルのCを重視する」訳 「予測困難なシミュレーション」で必要不可欠

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「そういうことも行われているのですね。どういう意味があるのです?」

「シミュレーションの結果が大きく変化するインプットは大きなインパクトを持つものだと言えるし、わずかな変化しかもたらさないインプットは無視してよい。何が言いたいかというと、シミュレーションは何度だって繰り返すことができるのだから、たったひとつのシミュレーションだけで結論を出すのはもったいないことであるし、危険だということだ」

「なるほど……感度解析は使えるかもしれませんね。成長率、販売価格、設定価格など、バリュードライバーの数値をそれぞれ動かしてみて、どれが最も結果を大きく変化するかを調べれば、我々が特に注目するべき物事が見えてくるというわけですね」

班目教授は頷いた。

PDCAの「C」から考える

「そしてもう1つ。5年前のドクターズコスメは、同じようにシミュレーションをしたのであろうか? そしてその予測は、実際の結果とどれくらい差があったのだろうか」

三田村さんの顔が曇った。

「5年前にも収益予測はしたとは思いますが、それがどうだったか、私にはわかりかねます。おそらく検証はしていないと思います」

「それはもったいないことだ!」

班目教授は、大きな声をあげた。

「研究者たちがシミュレーションについて議論する際、必ず出てくる話が検証だ。シミュレーションを行うためのモデルがあって、パラメータがある……それは貴君が示したフィッシュボーンとバリュードライバーの考えと似ている。次に行うのが、それらが正しいかの検証だ。すでに手元にあるデータを使って、シミュレートして、モデルやパラメータが合っているかを検証するんだ。合っていれば良し。外れていればモデルかパラメータが悪い。実験データをもとにシミュレーションで検証して、妥当ということがわかってから、まだ実験されていない未来のことを予測するんだ」

班目教授は一息にまくし立てた。三田村さんはひるみながらも、こう答えた。

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「過去のデータを使うことを、考えていませんでした。過去は過去だと……ビジネスの世界では、何もかもが常に新しくなっています。過去に引っ張られてはいけないという、変な固定観念があったのかもしれません。でも、過去のデータの重要性がよくわかりました。帰社して、過去のデータをよく調べてみます」

「ぜひそうしてみてくれ」

班目教授はそう言うと、次のように続けた。

「ビジネスにもPDCAという言葉があるだろう? 私はよく企業と共同開発を行うが、計画、つまりPを重視しすぎて延々とシミュレーションを繰り返し、なかなか実行に移らない企業もある。先が見通せない時代に、綿密な計画を練りたくなる気持ちもわかる」

「一方、我々研究者が行う実験も、結果がわからない。だからこそ検証するのだが、ここで重視しているのはP(計画)よりもC(チェック)だ。どのような検証によって、どんな結果を得るために実験を行うのか。ここを明確にしてから、そのための計画を立てる。その検証によって得られるものがあれば、たとえビジネスの観点では失敗しても、それが次の成功につながる。少なくとも、次のシミュレーションの正確さにつながるだろう。大切なのは、振り返ることなのだ」

松尾 佑一 作家・研究者

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まつお ゆういち / Yuuichi Matsuo

1979年、大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。とある国立大学にて生物学に関する研究に従事。2009年に『鳩とクラウジウスの原理』で野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。著書に『生物学者山田博士の奇跡』『生物学者山田博士の聖域』(以上、角川文庫)、『彼女を愛した遺伝子』(新潮文庫nex)など、科学や科学者にまつわる題材をもとにした小説を数多く手がけている。近著は、初の科学エッセイ『理系研究者の「実験メシ」』(光文社新書)

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