また同法が定める外国制裁の主体はあくまで外国国家であるが、外国の企業や個人などが差別的制限措置の制定、決定、実施に直接的または間接的に参与した場合は対抗措置の対象となりうる。だが管見の限りでは、反外国制裁法に基づいて制裁対象となったのは香港、新疆ウィグル自治区、チベット等の人権に関わった個人と組織、台湾への武器輸出を実施したアメリカ企業2社であり、政治的案件に対応しているにすぎない。
法的にはアメリカの対中経済制裁に関与した企業が取引中止行為などの差し止めや損害賠償請求を申し立てられる可能性があるが、実際にはこうした事例は生じていない。中国側は法整備をしたものの、これを抑制的に運用していると考えられる。
中国の戦略的思惑にどう対応するか
中国の対応の背後には、経済減速が鮮明になるなかで外国企業の警戒感を高めることは望ましくないという計算と、「双循環」の方針に則って外国企業を中国市場およびサプライチェーンに組み込むという戦略的考慮がある。これはすでに企業側が各国の経済安全保障規制と抵触するリスクや台湾有事が起こった場合に制裁に巻き込まれるリスクを認識していることへの対応であり、これらのリスクを相殺するためのシグナリングと考えられる。
他方で1月には、中国が太陽光発電パネル製造技術を輸出制限リストに加える検討を進めていると報じられた。これが実施されれば各国が推進する新エネルギー供給計画が影響を受ける。
2022年7月に国際エネルギー機関(IEA)は、太陽光パネルの主要要素について中国が世界の生産能力の8割超を占めると指摘、生産地の分散化を呼びかけていた。医薬品やレアアースなど、中国は高い製造能力に政府支援を組み合わせて安価な製品を供給し、世界市場を席巻することがある。太陽光パネルの事例が示すように、こうした供給戦略も中国が戦略的不可欠性を獲得するための手段になりうる。
すなわち中国の経済安全保障上のリスクは、顕在化している以上に高いと考える必要がある。これに対処するためには多国間連携を共通インフラとして構築し、中国に対する抑止力を高めると同時に、セーフティネットを形成することが望ましい。
2023年1月の日米首脳会談でも、経済的威圧を含む経済安全保障上の課題に対処すべく同志国でサプライチェーン強靱化を進めていくことで一致した。それとともに、中国政府の意図に働きかける方策を検討すべきだ。国際秩序は再構築の途上にあり、当面は均衡点を見つけるためのさまざまな模索を続けなくてはならない。
(江藤名保子/地経学研究所上席研究員兼中国グループ・グループ長)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら