防衛費増額による真の代償が「増税」ではない理由 「今を生きる世代」が分かち合うべき負担の正体

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しかし、世論調査は、国民のおよそ7割がその増税に反対していることを示している。それは、約7割の国民が、自らの国は自ら守るという当事者意識を欠いているということを意味するのだろうか? あるいは、「今を生きる世代」は防衛力の強化の負担を将来世代へと先送りしようとしているのだろうか?

検討してみよう。

有識者たちの「根本的誤解」

まず指摘しなければならないのは、「有識者会議」の論理の大前提となっている「①防衛力の強化に必要な財源を確保するためには、増税が必要である」が間違っているということである。

資本主義における政府は、その支出の財源を確保するために徴税を必要とはしないことは、すでに論じたので参照されたいが、改めて結論をまとめるならば、こうなる。

資本主義においては、政府の需要に対して、中央銀行が貸し出しを行うことで、貨幣が無から創造される。言い換えれば、政府が債務を負い、支出を行うことで、貨幣が供給されるのが、資本主義における国家財政の仕組みである。

要するに、貨幣(財源)を生み出すのは、政府(と中央銀行)である。したがって、政府は、支出にあたって、税収という財源を必要としない。

もちろん、政府は、発行した国債をいずれ償還しなければならず、そのために徴税は必要となる。しかし、税収は、その償還の財源を確保するために必要なのであって、支出の財源を確保するためではないのである。

しかも、政府は、国債の償還の財源を確保するために、新たに国債(借換債)を発行することもできるのであって、必ずしも徴税による必要はない。借換債を発行するか、増税するかは、その時々の経済状況に応じて判断すればよい。

例えば不況時であれば、増税ではなく、借換債の発行を選択すべきである。逆に、景気が過熱して、冷却する必要があるならば、増税によって償還財源を確保すればよい(もっとも、景気が過熱しているときは、税収も自動的に増加しているため、増税が必要ではない場合も多いだろう)。

そもそも、政府が債務を負って支出することで貨幣が民間経済に供給されるのであるから、政府債務は、完済しなければならないようなものではない。民間経済で貨幣が循環するためには、政府債務はむしろ必要である。

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