巷にばら撒かれる「ニセ哲学」に警戒せよ

「趣味としての哲学」は成り立つのか?

(写真:Graphs / Imasia)

「哲学」とは何のためにあるのか? 「哲学」は何の役に立つのか? こういう問いに対して、私は一貫して「何のためにあるのでもない、何の役にも立たない」と言ってきました。

哲学は、ソクラテスが提唱したように「よく生きる」ためでもなく、多くの哲学者が漠然と信じているように「真理を求める」ためでもないのです。そのほか、「救われる」ためでもなく「人間として向上する」ためでもない。では、と風向きを変えて「それ自体として楽しい」ためと答えれば、嘘になるでしょう。哲学をすることは、通常の意味で、ちっとも楽しくありませんから。

哲学をしないと「死んでしまう」人たち

このあたりで、デカルトとかカントとかフッサールとかヴィトゲンシュタインといった「純系の」哲学者を振り返ってみますと、彼らにとって哲学は何のためにあるのか、すなわち、彼らはなぜ哲学をするのか、と問いかけると、もっともらしい答えがすべて嘘であることがはっきりしてくる。

こういう人は、哲学をしないと生きていけない、死んでしまうのです。哲学が、楽しいからでも生き甲斐があるからでもない。むしろ、逆で、苦しくて、虚しいかもしれない。しかし、それでもせざるをえない。なぜなら、彼らは哲学に「囚われて」しまっていて、それしかできないから、気がつくと哲学をしてしまっているから、です。

ゴッホに次のような(正確ではないのですが)文章があります。「ぼくは絵を描くことが大嫌いだ。好きなことはほかにいくらでもある。でも、どうしても絵を描くのだ」(ゴッホの手紙)。こういう天才たちと比較するのもおこがましいのですが、少なくとも私にとって哲学とはそういうものです。

ですから、こうした境地に至ると、初めから「楽しい」「楽しくない」とか「才能がある」「才能がない」とか「役に立つ」「役に立たない」といった対立を超えているので、いかに楽しくなくても、いかに才能がなくても、いかに役に立たなくても、やめる理由にはならない。やり続けるしかないのです。

次ページとはいえ、必要である「通俗的基準」
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