親子の考えが完全にすれ違い、誰よりも彼自身が苦しんだ4年だったはずです。家族と連絡し合うことも、会うことも拒否している彼ですが、なぜか私は彼に、横着でない青年の姿を見ます。これまでの応援や、期待に添えなかったことに対する申し訳なさの裏返しではないでしょうか。家族の自分への失望のまなざしや、耐え続けたプレッシャーからいったん、完全に開放されたいと思い、強がりを言っているふうにもみえます。
アルバイトをしながら下宿生活を続けていくと言っているので、彼は昨今、社会問題になっている「引きこもり」ではないのでしょう。ここでいちばん大切なことは、史郎さんがこれから歩もうとしている人生について、親からみれば歯がゆくとも、後方で見守る応援団に徹するということです。仮に小さなことがきっかけでも、本当に引きこもりになると、事態が深刻化する場合があります。
親は子どものいちばんの理解者になろう
以前にも少し書きましたが、子どもの進路についての親子間の摩擦に関しては、私も貴重な経験があります。
私の友人の娘である成績優秀な啓子(仮名)が進学高校在学中に、ある日突然、不登校になり、自室に引きこもりました。あとで知ったことですが、その状態が半年ほど続いていました。母娘で、「とにかく学校だけは行ってほしい」、「いや学校だけは行かない」の押し問答をしていて、そこから一歩も進まず、桂子の心は閉ざされていきました。
友人は私に「2階の娘の部屋に、親が入れなくなった。ともかく学校だけは卒業するように、説得に来てほしい」と電話してきました。あんなに真面目で努力型の啓子に通学させる説得など、お安い御用だと私は出かけました。
そうして、かろうじて啓子の部屋に招き入れられたのですが、私は桂子を見た瞬間、言葉が決まりました。目がうつろで焦点が合わず、無表情です。引きこもりが長く、母親そのほかの家族は彼女の心に寄り添わず、とにかく卒業させたい一心で、「ともかく卒業せよ」と言い続けたのです。そんなことを親が言い続けるなら、元(健康)も子もなくなることは明らかでした。
「わかった、啓子ちゃん。おばちゃん(私のこと)が責任を持って、学校を辞めさせてあげる。休学じゃないよ、退学しよう」といいました。すると彼女はワッと泣きだし、涙をボロボロ流したのでした。今まで無表情だったのが、ウソのようでした。初めて彼女の心が、親に届き始める瞬間でした。
少しだけ彼女を独りにし、私の友人である啓子の母親を説得しました。啓子を毎日みているから、家族はその変化に気づかなかったかもしれないが、表情からは彼女は、とても深刻な状態であること。学校にこだわっていると、元も子もなくなること。これらを話し合い、ともかく退学を認めて安心させることが先決であるということを伝えました。そして母親から本人に直接、学校へ行けとは2度と言わないと約束させたのです。
啓子は優秀で真面目だったので、親として欲も出ますし、しかも狭い地域での世間体もあり、私の友人が、娘の高校中退になかなか決心がつかなかったのは理解できます。初期の娘の心の底からの訴えも、学業の途中放棄を正当化するためのこじつけにしか聞こえず、わがままを言っているようにしか取れなかったようです。
さて啓子はその日を境に徐々に元気を取り戻し、その後は大検を受けて、国立大学附属病院の手術専門の看護師になっています。患者さんたちの心の痛みがわかるナースとして、人気も評価も高いと聞いています。
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