20代で「漁師を束ねる"ボス"」になった彼女の半生 なぜ魚を知らない素人が漁業の世界へ入ったのか

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

著書に詳しく書かれているが、「粋粋BOX」の出荷が軌道に乗るまでは苦労の連続だった。何より魚を獲って市場に卸すだけでよかった漁師たちが、商品の箱詰めから伝票書き、梱包などの作業を顧客が求めるクオリティで取り組むのは至難の技。結果、クレームが相次ぎ、坪内さんが必死の思いで獲得してきたお客さんが離れていく事態にもなった。

言いたい文句は山ほどあったが、漁師たちにいきなり高いレベルを求めるのは酷だというのは坪内さんもよくわかっていた。そこで「こうしたほうがいい」と感じる理想の形があっても、いきなり100%の完成を目指さず、「今日はこれができたらいいよね」という心構えで一つ一つ、課題に取り組んだ。

「一つができたら、じゃあ次はこれ、の繰り返しを12年続けて、ようやく今がある。船団丸を始めたころに、いきなり全国展開を目標に掲げ、徹底的に手入れの行き届いた、飛び抜けて素晴らしい商品をECサイトで売ろう!なんて言っても、誰もついてこなかった」

船団丸の事業が安定した頃合いを見計らい、坪内さんは2014年、鮮魚販売部門、旅行部門、環境部門、コンサルティング部門という4つの事業部を設け、株式会社「GHIBLI (ギブリ)」を設立。事業を多角化し、漁に出られない時期も漁師たちが安定して収入を得られる仕組みを作った。

現在は船団丸ブランドで鮮魚に加えて野菜も販売。鮮魚は全国10カ所で展開、2021年からは加工事業も本格的に開始し、2022年には萩市内に加工施設もオープンした。さらに国産の真珠ブランド「Euripides(エウリピデス)」や、リモート留学サービス「The world alliance2021」など、事業は多方面に拡大している。

その背景には「生産者の声を届けたい」「本物のパールの価値を伝えたい」「漁村で働くみんなにも、世界を知ってもらいたい」など、必ず何かしらの理由がある。「目の前にいる人の心を満たし、幸せになってもらう方法はないだろうか」、事業化はすべてそこからスタートしているのだ。

ファーストペンギンとして駆け抜ける

自分たちがいなくなった何十年先に、「この水産の仕組みは大昔に船団丸の人たちがやり始めたんだよ」と語られればいいと思っていた。しかしドラマ化が決まり、幸いにも生きているうちにスポットライトが当たる機会に恵まれた。海、漁業、水産について知ってもらえるのはありがたく、今だからこそ声を出して伝えたいことがある。

ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡
『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』(講談社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

「日本は今、世界で一番食が安い国と言われています。でも“食べることイコール生きること”なのに、本当に安全で、安心して食べられるものが十分に行き渡っているかと言えばそうではない。だから、これからも安全・安心な食べ物を供給する存在であり続けたい」

そしてその思いは、海洋汚染をはじめ環境問題への警鐘につながる。「全国各地で環境の悪化を感じつつも、今までは重すぎるテーマで大きな声では言えなかった。でも今の立ち位置なら“一人一人がせっけんのワンプッシュを減らすだけでも海はきれいになる”など、消費者の皆さんに直接、語りかけても大丈夫だと思えるようになった」。

実は坪内さんには、病気で生命の危機に陥った経験がある。だからこそ「毎日を精一杯生き、後悔しない人生を送りたい」。ファーストペンギンと呼ばれる由縁となった挑戦を恐れない姿勢には、そのような人生観が色濃く反映されていた。

吉岡 名保恵 ライター/エディター

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

よしおか なおえ / Naoe Yoshioka

1975年和歌山県生まれ。同志社大学を卒業後、地方紙記者を経て現在はフリーのライター/エディターとして活動。2023年から東洋経済オンライン編集部に所属。大学時代にグライダー(滑空機)を始め、(公社)日本滑空協会の機関誌で編集長も務めている。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事