妊娠が成立してから数週間後、超音波検査のモニターには胎嚢が1つだけ映っていた。看護師は、2つ目の胎嚢を見つけようと何度もモニターを確認した。部屋に入ってきた医者も同様の措置を取ったものの、お腹にいたのは1人だけだった。
心から悲しんでいる様子の代理母を、私はとっさに慰めた。着床しなかった1つの胚は、どうやら発育しなかったこと、何があっても成長しなかっただろうとわかっていた。
けれど、私はひしひしと感じていた。彼女が自分の身体に対してこれほど大きな責任を感じていること、それゆえに、この喪失を悲しむと同時に、まるで何かをしくじったかのように落ち込んでいることを。
旅路を共にするすばらしい相棒
私は全力で彼女を慰めようとした。私も同じように悲しみながら、こんなにもすばらしい相棒をこの旅路に迎えられたことに、心が震えるほどの感謝をおぼえていた。
誰かのために子どもを産むことは自分の使命だと感じられるほど、赤の他人がここまで無私無欲になれることは、奇跡のように思えた。私にとってみれば、こうしよう、こうしたい、と思う彼女の純粋な気持ちは、現世における天使と言っても過言ではなかった。
今でも、彼女の想いに身を寄せると私は泣いてしまう。なぜなら、人間には心があることを私に信じさせてくれるからだ。他人に良くしたい、親切にしたいと心から望む善良な人間がこの世にたくさんいることを、私に思い出させてくれるのだ。
その日私は、あなたは地上に舞い降りた天使よ、と彼女に伝えた。そして、すべては神様の手中にあることも。手を取り合った私たちは、口に出さずともわかっていた。
私たち全員が、この旅路に共に乗り出すさだめだったことを。
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