ロシア国民が持つロシアン・イデオロギーの正体 プーチンがロシア統合に必要と考えるものとは

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プーチンにとっては、分裂したロシア社会の統合に必要なものは政治的な公式(官製)国家イデオロギーではなく、根源的で伝統的な価値観なのである。そして、そのような価値観として、パトリオティズム、大国性、国家主義、社会的連帯を挙げる。

根源的で伝統的な価値観4つの意味

パトリオティズムは、大部分のロシア人にとって肯定的な意味を有しており、祖国、歴史、そして偉業に対する誇りである。パトリオティズムを失えば、ロシア人は偉業を達成することができる民族としての自己を喪失するだろうというのである。

大国性については、ロシアは偉大な国家であったしそうあり続けるという。大国性は、ロシアの地政学的、経済的、文化的存在と分かちがたい性質である。大国としての能力とは、軍事力である以上に、自らの安全を確保し、国際社会における国益を擁護する能力であるという。

国家主義については、ロシアはアメリカやイギリスのようにリベラルな価値観が歴史的伝統となっている国の焼き直しにはならないという。ロシアにおいて、国家(権力)とは、国や国民の生活において極めて重要な役割をはたしてきた。強力な国家権力はロシア人にとって異常なことではなく、秩序の保証であり、改革の主唱者であり主要な原動力なのだ。

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最後に社会的連帯だが、ロシアにおいては個人主義よりも集団的形態が優先していたとされ、ロシア社会では家父長的な傾向が根付いていたという。生活の改善というものを自己の努力よりも国家と社会の支援に結びつけて考えたのである。こうした傾向は現在も支配的であり、これを考慮して社会政策を考えなければならないとする。

その上で、ロシアには強力な国家権力が必要であると結論付けるのである。

こうしたプーチン統治の初期のプログラムを改めて振り返ると、そこに通底する思想が見えてくるのである。パトリオティズム、大国性、国家主義、集団性といった要素は、スラヴ主義者の主張に通じるものである。先に定式化した基盤的イデオロギーとしてのロシアン・イデオロギーにも妥当するものである。民主主義と資本主義といった西側の(普遍的な)価値観を受け入れはするが、それはあくまでもロシアの伝統に則った形でなければならないのである。

関連記事:専制権力で繁栄と力と栄光へ導かれたロシア国民
 

亀山 陽司 著述家、元外交官

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かめやま ようじ / Yoji Kameyama

1980年生まれ。2004年、東京大学教養学部基礎科学科卒業。2006年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後ロシア課に勤務し、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)など、約10年間ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。北海道在住。近著に『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』(PHP新書)、『ロシアの眼から見た日本』(NHK出版新書)

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