イリインは反共主義者として、ロシア帝国の再興を望んでいたわけだが、その思想にはロシアン・イデオロギーの核心が表現されていると思われる。ここでいうロシアン・イデオロギーとは、ロシアの歴史を通じてロシアの権力および国民の中で自然に形成されてきたロシア固有のナショナルな価値観のことである。
ロシアの政治的イデオロギーや文化的イデオロギー、そして宗教的イデオロギーは、このロシアの基盤的イデオロギーに結びついていると考えられる。ロシアン・イデオロギーをあえて定義するとすれば、以下のようなものとなるだろう。
“ロシア”とは偉大な祖国であり、この祖国“ロシア”への愛と信仰によって、ロシアの偉大さを擁護し、発展させようとする愛国主義的価値観である。この“ロシア”とは、国土、歴史、文化、そしてロシア正教によって形成された1つの文明圏であり、大国である。大国であるとは、ロシアの偉大さの政治的表現であり、世界の命運の鍵を握っていることである。
少し大げさなようだが、ロシア人の価値観というものは、まさに祖国に対するパトリオティズムである。2008年のジョージア(グルジア)紛争も、2014年のクリミア「併合」も、2022年のウクライナ侵攻も、日本を含め欧米の自由民主主義の価値観から見ればまったく理解できない行動である。それにもかかわらず、ロシア国民はプーチン大統領を支持し、祖国ロシアの行動を肯定している。
これは、プーチン個人への信頼というわけではないだろう。そうではなく、ロシアという祖国に対する信頼であると考えざるを得ないのである。
2020年憲法改正で注目すべき側面
2020年の憲法改正については、プーチン大統領の5期および6期を可能にする修正ばかりがクローズアップされたが、むしろ、ロシアン・イデオロギーの定式化という側面こそが重要だったのではないだろうか。
このロシアン・イデオロギーは、祖国愛、パトリオティズムに立脚するものであり、ナショナルな価値観である。ソ連社会において支配的であったような政治的な国家イデオロギーではないことに注意が必要である。これについては、大統領就任直前にプーチン大統領が発表した論文「千年紀の境にあるロシア」(1999年12月30日)で明記されている。
プーチンは、「ロシア的理念」と題された章で、ロシアは内的分裂状態にあるが、こうした内的分裂状態は1917年のロシア革命の時代、1990年代のソ連崩壊後の時代に見られるものだとし、ロシアの現状をロシア革命の時代になぞらえる。
そして、ある種の政治家や学者が呼びかけている「国家イデオロギー」の創設について、こうした用語は知的、精神的、政治的自由がなかったソ連時代を連想させるため適切ではないとし、国家の公式イデオロギーの復活に反対するのである。そして、いかなる社会的合意も自発的なものでしかありえないとする。
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