渋澤 もっと言えば、ピケティのように累進課税で配分するべきというのは、要は「人工呼吸器」をつけているようなもので、確かに強制的に格差を縮める効果はあるかも知れませんが、縮まるだけで終わりですから、経済の呼吸、つまりダイナミズムが損なわれる。決して健全な形だとは思えません。
中野 イデオロギーとしては新しくて古い議論ですよね。
渋澤 あと、本のなかで「r>g」という式があったじゃないですか。あれを、どう考えますか?
「r>g」の議論には、リスクが抜け落ちている
藤野 rは資本収益率、gは労働で得られる所得を意味していて、常に投資で得られるリターンの伸び率が、労働賃金の上昇率を上回ることを、ピケティは過去の歴史にまで遡ってデータを分析して証明してみせたわけです。
結論としては、このままだと資産を持っている人はどんどん富む一方で格差は縮まらないから、所得に累進課税するだけでなく、資本にも累進課税することで、給与所得者に配分しろという話です。
中野 でも、そもそも金融のキャピタルストラクチャーで考えれば、最後のエクイティ部分に出資した人が残余を得るのは当然の話であって、フェアですよね。それだけ高いリスクを取っているのですから。
藤野 うん。だから、それを否定しているわけではないのですよ。資本収益率が労働賃金の上昇率を上回ることに対しては、善も悪もないのですが、事実として「r>g」という式が成り立つから、資本に累進課税をするべきだというのが、ピケティの主張です。
ただ、それを日本人は善悪で議論しているふしはありますね。資本収益率が労働賃金の上昇率を上回るのはけしからんというわけです。つまり、「r>g」の議論にはリスクが抜け落ちているのも事実なんです。期待リターンが高くても、その下にはリスクがあるわけじゃないですか。だから、本来なら「r>g」という式の下に、分母としてリスクを入れなければならない。
中野 あ、それはわかりやすい。でも、日本ではそのリスクを取っているという部分を誰も理解せず、単に「投資で儲けたらずるい」ということになるのですよね。そこは大きな問題だと思います。
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