同法は昨年末、BBB(Build Back Better)法案という名前で、可決寸前までこぎつけたものの、ジョー・マンチン上院議員という身内の「たった1人の反対」で潰えた経緯がある。表向きの理由は「1.7兆ドルの大型歳出法案は、インフレを加速するから」であったが、本音は地元ウェスト・ヴァージニア州の石炭産業を守るためであったと言われている。
当然、マンチン氏は「裏切り者!」と非難を浴び、党内では孤立無援になるのだが、そこに手を差し伸べたのがチャック・シューマー院内総務であった。
「BBB」が水面下で「IRA」に名前を変えて成立
「どうやったらBBB法案を再生できるか?」という2人だけの秘密交渉が始まった。インフレになっている今のアメリカで、巨額の財政支出はそれだけで不適切だ。ゆえに歳出額は4370億ドルまで減らし、中身は気候変動対策と医療費関連に絞り込む。実はマンチン氏の地元対策として、エネルギー開発予算も加えてあるのだが、これぞ「ザ・ポリティクス」というものであろう。
そして歳出以上の歳入増を図る。大企業への増税や徴税方法の強化策を盛り込み、7000億ドル以上の増収を見込む。そうなれば財政赤字が減るから、インフレ抑制にも資するはず。ゆえに法案は、IRA(Inflation Reduction Act=インフレ抑制法案)という名前にする。もっとも3000億ドル程度の税収増で、今のインフレがどうこうなるものではないので、これを「歳出・歳入法案」と呼んでいる日本経済新聞などのメディアは、なかなかの見識ではないかと個人的には考えるものである。
ともあれ、一度は死んだはずのBBB法案が、IRA法案と名前を変えて7月末に姿を現したことで共和党側は腰を抜かした。そしてシューマーとマンチンの2人が創った法案に、民主党側は全員が丸乗りした。
水面下の動きを知らされていなかったバイデン氏には、思いがけないプレゼントとなった。アメリカはこれで初めて気候変動対策に予算をつけることができ、「2030年までに温室効果ガス40%減」という目標が現実味を帯びた。そしてバイデン政権としては、「アメリカ救済法案」(2021年3月、1.9兆ドル)、「超党派インフラ法案」(2021年11月、1.2兆ドル)に続く3本目の経済立法となる。こうしてみると、なかなかの成果に見えるではないか。
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