たとえば音楽。同じ音を吹き続けるロングトーンの世界記録で、ある音楽家が60秒というすばらしい記録を出して、これでそろそろ限界だろうとみんなが思っていた。そこにケニー・Gというサックス奏者が循環奏法という画期的な方法を発明した。鼻から息を吸いながら口から一定量の息を吐き出し続ける奏法で、驚くべきことに45分間という記録を打ち立てることに成功したのだ。
創造的イノベーションは深く没頭したあとに湧きおこる
このたぐいの創造的イノベーションはスポーツでも見受けられる。ディック・フォスベリーはバーから遠いほうの足で踏み切って、頭から背中を下にしてバーをこえる新しいスタイルで、走り高跳びの世界記録を破った。ヤン=オベ・ワルドナーは、卓球のサーブを変えた。ラケットを親指と人差し指で持つことで柔軟性とスピンを大幅に増したのだ。パリー・オブライエンは砲丸投げの際に体を前後に揺らす代わりに180度回転させる方法をとって、世界記録を16回更新した。
こういったパラダイムシフトはどこから生まれるか? 揺るぎないように見受けられる制約をのりこえて成績を変えてしまうような、こうした創造的跳躍はいかにしてあらわれるのか? アイザック・ニュートンの怪しげな逸話(りんごが頭にぶつかって重力の理論を思いついたという例のあれだ)を受けて、それが青天の霹靂(へきれき)のように突然ひらめくのだ——でたらめで気まぐれでまったく説明しがたいものなのだ——とつい考えてしまいたくもなる。たしかに考えてみれば、ひらめきの瞬間というのは、非常に神秘的なところがあるのだ。
だが念入りな研究の結果、創造的なイノベーションはかなり一貫したパターンをたどることがわかった。目的性訓練の苦難から生まれるのだ。エキスパートは、自分の選んだ分野にとても長いことひたっているために、創造的なエネルギーが充満するとでも言ったらいいだろうか。別の言い方をすれば、ひらめきの瞬間は青天の霹靂ではなく、専門分野に深く没頭したあとに湧きおこった高潮なのだ。
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