「孤独のグルメ」の作者は、"怪物"だった! 日本人が知らない、谷口ジローの真価
当時、講談社とフランスの出版社が協力関係にあり、フランスの漫画家の作品を雑誌に掲載する企画を行っていたのが、フランスに繋がるきっかけになった。フランスの出版社は『歩くひと』だけでなく、そのほかの作品も高く評価。実写映画化された『遥かな町へ』は2002年アングレーム国際漫画祭最優秀脚本賞、優秀書店賞などを受賞するに至った。
日本で連載していた当時はあまり注目されなかった『歩くひと』が、なぜフランスで受けたのか。まず確実に言えるのは、人物の内面を正確に描写する画風、上品な水彩画のような美しい風景の表現が、芸術作品として高く評価されたためだろう。漫画の位置づけは、日本の絵本に似ており、美しい絵とあわせて、やや文字の多い物語をじっくりと読む作品が好まれるという。
「向こうのサイン会に行くと、小さな子供が並んでいるんですね。『何が書かれているのか分かるんですか』と聞くと、『分かります』と。絵本を読むようなもので、じっくりと文章を読んでくれる。テンポ良く読み飛ばしていく、という作品とは違うものとして評価されているのだと思います」。
『歩くひと』では、郊外の一軒家に妻、飼い犬1匹と住まう男が近隣を散歩する、その情景が淡々と描かれる。セリフが一言も出てこない回もあるぐらい、言葉による説明は極限まで省かれている。しかし“行間を読む”と表現すべきか、細密に美しく描き込まれた自然や動物、家々、登場人物の表情やしぐさなどから、じんわりと温かいものが伝わってくる。
静かな漫画はアクションより難しい
「こういう漫画は、アクションなどを描くより難しい。登場人物の動きや声で感情を発散できないので、本当に疲れてしまう。長期間にわたって連載をすることはできません」。こう本人が説明するように、持てる技と気力をつぎ込んだ作品だ。読むほうも、スナックをかじりながらというわけにいかず、居住まいを正したくなる静かな世界が存在する。とはいえ、思わず吹き出してしまうような場面もときどきある。
また、動物を描くことにも、こだわりがあるという。「人間は地球を食べながら(消費しながら)生きて行かざるを得ないわけです。動物の側から、人間の身勝手さを訴えたい。その思いは一貫してあります」。
ただ同じテーマを長期にわたって書き続けるのは苦手だという。「映画を見たり、本を読んだりするなかで、次の構想が湧いてくる。そうすると今やっていることを早く終わらせて、すぐにでも新しいことをやりたくなってしまう性分なのです」。
しかし、「飽きっぽい=いいかげん」というわけでは決してない。
1月に復刊した『柳生秘帖〜柳生十兵衛 風の抄〜』は谷口氏にとって初めての本格時代劇である。1992年の作品だ。『歩くひと』からほとんど間を置かずに描かれたものだが、両者の世界観は正反対である。
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