サラリーマンが「名刺」に託しているもの 働かないオジサンは「芸名」を持とう

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長年勤めた百貨店をリストラで退職した元店長のTさんは、「名刺を持たずにビジネス街を歩く自分が、初めは許せなかった」と語り、損害保険会社の管理職からカウンセラーとして独立したSさんは、「会社員時代の肩書のいっぱいついた名刺よりも、個人と個人で交換する名刺が、いかに大切かがわかった」と言い、外車販売の管理職からギタリストに転じたKさんは、自分の出発点であるストリート演奏にこだわっていて、「以前は、企業の名刺や肩書があって初めて自分を認めてもらえた。今は何者ともわからない自分の演奏に人が足を止め、音楽を聴いてくれる。その人たちからいただく投げ銭は重い」と語る。

会社員が名刺にこだわるのは、名刺が自分の立場をコンパクトに説明するツールであり、それを通して会社と自分の存在とを一体化させやすいからだろう。

名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。

そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺やIDカードを携帯させて、唯一のアイデンティティを求めている。

また、社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので、それほど疑問を抱かない。同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが、社内の仕事に注力して、昇進や昇格と結び付いてきた面もある。しかし、そういう働き方が、働かないオジサンを生んでいる要因にもなっている

「違う名前で過ごすなんて考えたこともありませんでした」

先日、会社の人と話していて、「これだけ世の中の動きが激しくなったら、ひとつの名前で人生80年を過ごすのは難しい」と話すと、ある中高年社員は、「違う名前で過ごすなんて、今まで考えたことがなかった」という反応だった。しかし長い人生のライフサイクルの変化を考えると、ひとつの自己イメージで一生を過ごすのには無理があるだろう。

昔でも、成人してから幼名とは異なる名前を名乗ることもあった。歌舞伎や落語など芸の世界では、襲名披露で名前を変えるのはよくあることだ。

人は本来、多くの自己イメージを持つものだと思う。私たちは、社内でさえ「私、わたくし、僕、自分は、俺は」のように呼び名を変えて、相手や場面に応じていくつかの自分を使い分ける。

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