「危ないからダメ」と言われ続け育った少女の悲劇 小学校の校長だった祖母に過干渉に育てられた結末

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思春期になって、マイはクラスの中で自分が浮いた存在であることを自覚します。

クラスメイトたちの中でもうまくコミュニケーションをとることができません。自分の話ばかりしたり、余計なひと言を言って相手を傷つけたりしがちでした。仲良くしたくても、どうすればいいのかよくわからないのです。孤独感を感じたマイは、祖母を恨みました。

「おばあちゃんのせいだ。おばあちゃんが何でもかんでもダメだって言うから、私はこんなふうになっちゃったんだ」

そして、祖母の抑圧から助け出してくれない両親に対しても敵意を持つようになりました。レストランの売上金からお金を抜き取るのも、祖母のタンス貯金に手をつけるのも「このくらいやって当然」という感覚です。そうして家庭内窃盗を繰り返すうちに罪悪感もうすれ、投資詐欺に発展しました。

マイに限らず、こうした窃盗や詐欺を行う非行少年・犯罪者は共感性が低い傾向があります。「騙されるほうが悪い」と言って、被害者の気持ちを考えようとしません。

しかし、当然ながら騙すほうが100%悪いのです。

相手が欲にかられたからといって、犯罪をしていいことにはなりません。「騙されるほうも騙されるほうだ」という言い方がされることがありますが、それは犯罪者側の理屈です。

「気をつけて!」がダメな理由

さて、そろそろこの事例を、一般の子育てに応用していきましょう。

マイの祖母カズヨは、かわいい孫に「イヤな思いをさせたくない」「つらい気持ちになってほしくない」という気持ちが強く、何でも先回りして「気をつけて!」と言い続けてきました。よかれと思ってやってきたのです。

しかし、どう見ても過保護・過干渉でした。せめて両親がもう少しフォローできたらよかったのですが、それもありませんでした。その結果、マイは危険を自分で察知して判断する能力が低く、危険なことにも簡単に手を出してしまうようになりました。

同時に共感性が低く、相手の気持ちを推し量ることが苦手になってしまいました。

「気をつけて!」と何でも制止すれば、子どもは経験のチャンスを失います。経験にはポジティブな面もネガティブな面もあり、失敗して落ち込んだりイヤな気持ちになったりすることだってあるでしょう。しかしそれが成長の糧なのです。

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