会社を辞め、カレー屋開き「15年」続けられた理由 人気が出ても「店は増やすことは考えていない」

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これまでの経験上、飲食業は「お金のためならやめたほうがいい」と痛感している。

「調理はもちろん、経理、マーケティング、デザイン、従業員のマネジメントなど、求められる能力が多岐にわたるし、体力も要る。自分でできないことは外注すれば良いのだけれど、コストがかかりますから。そのうえ物価高に人件費の増加、社会保険の増額や感染症の影響もあって、リスクを上げたらキリはなく、想像以上にシビアな仕事です」

自身は貯金をもとに「ダメだったらやり直せばいい」という気概で飲食業に飛び込み、幸いにも店を続けてこられた。

だが「もし借金していたら、店がダメになって会社員に戻っても返済は厳しかったと思います。例えば300万円を毎月5万円ずつ返済するなら単純計算で5年。その5年は自由が利かないわけですから、借金はやっぱり重い。借金して、もしくは退職金を注ぎ込んで飲食業を始めるのはおすすめしません」。

すりおろした玉ねぎをたっぷり時間をかけて熱してベースを作る(撮影:今井康一)

一方で「お金を抜きにしたら、飲食は非常に良い仕事」だとも感じている。「特定の顧客に依存しないので精神衛生上とても楽。後発参入でもハンディなし、経営規模が小さくても問題なし。ニーズにマッチする商品やサービスを提供できれば、個人店でも十分に生き残っていける希少な業種だと思います」。

あの日の夢は確かにかなった

働く原動力を思うと、少なからず大学時代に原点があるのではないかと感じている。

大学の寮を出て札幌を離れる日、仲間たちが何十人と集まって見送ってくれた。そのときは寮で得られた“濃い”人間関係に感謝しつつ、これからの人生でいつの日か、同じようにたくさんの人が集う場を作れたら、どれほどうれしいだろうと思った。

人と人とのつながりを何より大事に思えるのは、寮生活の影響が大きいという(撮影:今井康一)

人生の後半戦を思うと、また何かしら新しく「飛び立つ」日も来るだろう。でも、やっぱりカレー屋は自分がやりたくて始めた仕事。常連さん、新しいお客さん、楽しく働いてくれる従業員、「おいしかった」や「ありがとう」の一言。それらはすべて、会社員をやめるときに自分が求めたものの延長線にある。

何より、あの日、札幌を離れながら、遠い未来に思い描いた「人が集う場」を、確かに今、作ることができている。「やっぱり人が集まって ある程度よく回っている場って、良いことが起きますよね」。スパイスカレーの奥深さと、人とのつながり。それが今も、昔も、変わらない、馬屋原さんの生きるエネルギーだ。

吉岡 名保恵 フリーライター

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よしおか なおえ / Naoe Yoshioka

1975年和歌山県生まれ。同志社大学を卒業後、和歌山県の地方紙「紀伊民報」で記者として勤務。結婚を機に退職し、国立大学医学部の非常勤職員などを経てフリーに。現在はライターとしてビジネス、教育、ライフスタイルなどを中心に幅広く取材やインタビューを担当。大学時代にグライダー(滑空機)を始め、(公社)日本滑空協会の機関誌で編集長も務めている。

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