会社を辞め、カレー屋開き「15年」続けられた理由 人気が出ても「店は増やすことは考えていない」

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会社を辞めてまずは半年間、アフリカ諸国やインド、ネパールなどを巡り、さまざまな料理やスパイスに触れた。店で出したいカレーのイメージを固めつつ、帰国後は出店の場所探し。札幌や大阪も考えたが、人が多い場所で勝負しようと最終的には東京・新宿三丁目に決めた。

借りたのは、7坪でカウンター10席のみの小さな店舗。大掃除から始まり、天井のペンキ塗りや水道管工事、厨房レイアウトの変更など、店作りは自分で手がけた。

ほかにもカレーの試作、仕入れ先の検討、役所関係の手続きなど、やることは山積み。「大変だったけれど、目標があって、自分の好きなことを始めるのだから悲壮感はなく、楽しいばかりで、ウキウキしていました」。

入口は黄色い看板が目印(撮影:今井康一)

こうして2007年9月、「curry 草枕」を開店した。店名は「旅」にかかる枕詞の「草枕」からとった。

これまでの貧乏旅で、それこそ草を枕にするような野宿も経験もしたが、各地でエネルギーをくれる料理や、ずっと忘れられない味に出合った。自分も同じように人を元気にし、幸せにするカレーを作りたい。そう願って付けた店名だった。

幸せが胃から伝わってくるカレー

開店してしばらくは、知り合い以外のお客さんがなかなか来なかった。最初の2、3カ月は、毎月の売り上げが40万円ほど。家賃、材料費、光熱費などを払っていくと、手元に残るのは2、3万円ほどしかない。しかも週5日は朝8時ごろから夜10時まで働き、定休日もほとんど事務作業や準備でつぶれた。

「時給に換算すれば50円とか30円」だったが、店から電車で1時間ほどのところに実家があり、一人暮らしをせずに済んだ。ただ毎日通うには時間的にも経済的にも厳しかったので、ほとんど店で寝泊まり。「若くて元気だったからできた」と当時を振り返る。

幸いにして少しずつお客さんの数は増え、1〜2年たってようやく手元に20万ぐらいは残るようになった。接客などを担当するアルバイトに加えてカレーを作る人も雇い始めて、店はにぎやかになっていった。

一方、営業が軌道に乗ってくると、お客さんの待機列が伸びる日が増え、申し訳なさが募った。もっとゆったりカレーを食べてもらいたくて2013年、新宿二丁目の現在の店舗へ移転。席数は20席に増え、2015年には法人化も果たした。

店舗は雑居ビルの2階にある(撮影:今井康一)
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