現代アートの世界にも広がる「加害者」の強迫観念 日本人が知らない「ドイツの贖罪」が隠す歴史
アメリカとイギリスはナチ支配を経験していないという歴史的な違いもあるだろうが、それよりも学問と思想、表現の自由により大きな価値を与える英米法の伝統が背景にあるのだろう。
ルール・トリエンナーレの騒動
澤田:ドイツの展覧会では最近、こうした騒ぎが多いようですね。
林:今回の本『犠牲者意識ナショナリズム』でも取り上げたが、2020年の総合芸術祭「ルール・トリエンナーレ」を挙げられる。
アフリカの代表的な脱植民主義の理論家アキレ・ムベンベに開幕スピーチを依頼したが、ドイツ国内で反ユダヤ的な人物だという非難が出た。ドイツ連邦政府の反ユダヤ主義対策担当官とドイツ自民党所属の地元政治家が組織委員会に政治的な圧力をかけたことで、招待は取り消された。
ムベンベが、イスラエルという国家と南アフリカのアパルトヘイトを同一視することによって、ホロコーストを絶対的なものではないと論じる「相対化」を図ったという非難だった。植民地主義的な暴力をホロコーストと比較することなど許さないという欧州中心的な記憶文化の問題がよく出ていた。
実際には新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によってトリエンナーレ自体がキャンセルとなったので、ムベンベの件はそれ以上の騒ぎにはならなかった。しかし、この騒動を契機にホロコーストについてのドイツの記憶が機械的に適用されるタブーになっているのではないかという疑念が生まれた。ホロコーストの記憶が、ドイツの植民地主義への批判的記憶から目をそらさせる「目隠し記憶」になっているという自省の声は段々と大きくなっている。
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