家族の最期「ありがとう」は生きている今、伝えて 残された日々に「死なないで」と言うのではなく
2日後、Hさんは亡くなりました。その翌日、娘さんからファクスが届きました。
——先生がノートに一生懸命書いてくださった告知の件、感謝いたします。ひと晩眠れずに私もたくさん考えました。翌日、何気なく、父と二人きりになったとき、身体をもんだりしていたら、父が「ありがとう、ありがとう」と言ってくれたので、私もしっかり受け止めて、「こちらこそ、今までいろいろありがとうございました」と手を握り、父の目を見てお礼を言うことができました。きちんとお別れと感謝を伝えることができました。その晩、また二人きりになったとき、「おまえとここにいられるのがいちばんうれしい」と、苦しそうでしたが言ってくれました。「私もそうだよ」と言えました。家にいられてたくさん話せて、しかも土日を目いっぱい使って父を看取れて、今はよかったのだと思います。
「お母さん、生んでくれてありがとう」
ご家族に心の整理がついていなくて、「死んじゃいや」「もう少しがんばって」と言われている患者さんは、もうとっくに命をきれいさっぱり使い切っているのに、なかなか死に切れません。ご家族は「生きていてくれるだけでうれしい」かもしれませんが、本人にとっては苦しい時間が延びるだけです。延命治療となってしまう余分な点滴、心臓マッサージ、人工呼吸も、そうしたご家族の想いの反映だったりします。
僕の終末期ケアが上手にいくかどうかは患者さんのご家族にかかっています。患者さんの苦痛を和らげる緩和ケアより、死を直視できないご家族の心を落ち着かせる家族ケアのほうが大変なのです。家族ケアが必要ないと、僕の仕事はほとんどないと言ってもいいでしょう。日常生活を送るための面倒は訪問看護師に任せて、痛みのコントロール以外、よけいな治療もしなければ患者さんはさほどつらくありません。
僕はご家族と患者さんには死の話題を避けることなく、「死んじゃうこと」を前提として、そこまでいかに元気に生きるかの作戦会議をします。
「がんの最期は痛みで苦しむ」
「死ぬのはしょうがないが、死の苦しみが怖い」
不安なことを語ってもらうと、こんなふうに思い込んでいる人が多いです。そんな人たちに、「亡くなるときは眠っている時間が長くなるだけですよ」「痛みは医療用麻薬を使って上手にコントロールしていきましょう」と伝えると、すごく安心してもらえます。「寝たきりになったらどうしよう」と不安なご家族には、患者さんたちの穏やかで笑顔もこぼれる終末期や看取りの様子を撮った動画を見せて安心してもらいます。思い通りに生きて寿命を使い切ったら、寝たきりになったとしても、本当にあっという間なのです。
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