家族の最期「ありがとう」は生きている今、伝えて 残された日々に「死なないで」と言うのではなく

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患者さんとご家族、僕たちスタッフの三者が本音で話せないと信頼関係は築けません。それに余命を隠したままではお別れの言葉を交わすことができず、つらい看取りになってしまいます。

父の死期を受け止めて告げた感謝の言葉

妻と娘さんと暮らす80代のHさんは訪問診療を1年間続けてきました。半年ほど前、Hさんに余命について聞かれたことがあり、「あと半年後かもしれないし3カ月後かもしれません。いつその日が来てもいいように、奥さんや娘さんに想いを伝えておいてはいかがですか」という言い方をしました。その後、ご家族からもHさんからも余命の話が出ることはありませんでした。

そしていよいよあと数日という状態になってしまったその日、僕は「Hさんが数日で亡くなることを伝えなければ、よい看取りは迎えられない」と考えながらお宅を訪問しました。すると、玄関先で奥さんから不在の娘さんの携帯メールを見せられました。

「父の死期が近いことはわかっていますが、かわいそうだから本当のことは言わないでください」

ここ数日の状態から、ご家族はすでにHさんの状態を悟っていました。しかしHさんとはそんな話は一切していないとのこと。ご家族に余命の話はだめだと言われ、困りました。でもHさんは今日か明日かという状態であり、時間がありません。僕はHさんにこんなふうに言いました。

「体が水を飲むことすら受け付けないんですね。痰を出す力すらなくなっているんです。がんばらなくっていいんですよ」

これならご家族に恨まれずに本人に伝わるだろうという、精いっぱいの病状説明でした。そしてご家族とスタッフの連絡ノートに、僕はペンを走らせました。

〈本当のことを伝えないと、お父さんと想いを語り合うことができない。もし、本人が「さよなら」って言ったら、「そんなこと言わないで、がんばって」って答えず、「ありがとう」って言ってあげてください。「ありがとうなんて言ったら、亡くなることを認めているみたいで、かわいそう」と思うかもしれませんが、私は違うと思います〉

帰り際、玄関先に出てきた奥さんが教えてくれました。

「お父さんが『今までありがとう』って言ったんです。でも私、『そんなこと言わないで。がんばって』って返してしまった。かわいそうで……」

このままご家族は何も伝え合わないままになってしまうのだろうか……僕は少し悲しい気持ちになりました。

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