ロシアを抑止できなかった根因と経済制裁の限界 制裁の成功条件は厳しいが動きを止める手はある

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神保 謙(以下、神保):抑止力は「相手が自分に対して有害な行動を取ろうと思っても、それができないように自制する力を働かせる」という一般概念です。侵略によって得られる利益が、その行動に伴う損失より大きければ抑止力は効きにくい。一方で、その損失が利益より遥かに大きいと当事国が認識すれば抑止は効きやすいと考えられます。ただしこの利益と損失の計算は、当事国の持つ価値によって変化します。

神保謙・慶應義塾大学総合政策学部教授(写真:アジア・パシフィック・イニシアティブ)

今回のロシアのウクライナ侵攻では、ウクライナがNATOに加盟しておらず集団防衛のシステムの外側にいたことと、アメリカが予め軍事介入しないことを明言してしまったことが、ロシアの行動の自由を拡大したと考えられます。

また、ロシアはおそらくウクライナの短期攻略が可能だという甘い期待を抱き、侵攻による損失を過小に見積もってしまったことも、抑止が効かず戦争を止められなかった原因だと思います。

今後、同じような状況が生まれたときの教訓のためにも、今回、抑止を効かせられなかった要因を分析し、どうすれば抑止が効かせられたのか、そもそも、まったく不可能だったのかという問いも含め、検証を進める必要があります。

私自身は、ロシアのウクライナ侵攻を抑止することは可能であったと考えています。仮にアメリカが軍事介入の可能性を示唆し、NATO諸国がウクライナ侵攻に対抗する強い結束力を示していたら、ロシアの計算は変化したかもしれません。またウクライナ侵攻によってもたらされる損失、例えば欧州諸国の国防費の増額や、NATOの新規加盟国拡大という強烈なバランシング行動を予期し、経済制裁によるロシア経済へのダメージを未然にロシアに認識させていたら、これも結果は変わっていたかもしれません。

もちろん、これらは後出しの議論です。ウクライナ侵攻前に、以上のような抑止作用を働かせることは、事実上不可能だったという議論は納得できます。だとすると、今回と同様の事態を将来防ぐためには、侵略による損失がどれほど大きいか、ということを後世に残す必要があります。

最初は過剰に警戒しながら

細谷 雄一(以下、細谷):私は歴史的視座からこの問題を考えてみたいと思います。歴史を振り返ってみても、基本的には完全な抑止というのは存在しませんでした。どの時代にも悪いことする人がいて、通常は、あのヒトラーでさえも、あるいはプーチンでさえも、最初は過剰に警戒しながら、つまり、学校の生徒と同じで、先生に怒られないかどうかを確かめながら小出しに悪いことをしています。それが、思ったほど怒られなかったりすると行動はエスカレートします。

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