ヒトラーの場合は、1935年のラインラント進駐(1925年のロカルノ条約で英独が非武装地帯に定めたドイツ西部のラインラントに、ドイツが陸軍を進駐させた)と1938年のズデーテン地方併合(ナチス・ドイツがチェコスロバキア解体を目論み、ドイツ系住民の多いチェコスロバキア西部のズデーテン地方を併合した)の際、イギリスやフランスが容認したことが、ナチス・ドイツの暴走を加速させました。
ヒトラーを参考にすると、近年のロシアの軍事的行動におけるプーチンの思考が読み取れると私は見ています。2011年に始まったシリア内戦では、オバマ政権は2013年に軍事介入すると明言しながら、結局、介入しませんでした。さらに、ロシアが2014年から2015年にかけてウクライナ領のクリミア半島を”併合”した際にも、オバマ政権は厳しい姿勢を示しながらも、経済制裁に留め軍事的な介入は避けました。これは、一種の宥和政策だったと私は思います。決定的だったのは、2021年8月のカブール陥落です。あのときも、バイデン大統領は軍事介入しないと繰り返しました。
この3つの出来事により、プーチン大統領はアメリカが世界の紛争に軍事介入することはないという確信を持ったのだと思うのです。最初はイギリスやフランスの反応を確かめながら周辺へと拡大していたヒトラーが途中からイギリスは介入しないと確信をもって暴走したように、各地の紛争で繰り返されたアメリカの不介入が、プーチンにアメリカの将来にわたる軍事不介入を確信させたのです。その帰結が今回の戦争だと考えます。
鈴木:冷戦後の世界では、アメリカが世界秩序の安定に大きな役割を果たしていました。そのアメリカがオバマ政権以降次第に内向きとなっていき、国際的な紛争の解決への関与に後ろ向きの姿勢を明確にしたことが、プーチンの行動をエスカレートさせたという点は重要なポイントだと思います。また、ウクライナ侵攻は短期決着できる、と、ロシアがある種の計算違いをしたことも抑止の有効性に影響があったと考えます。
経済制裁が効かない構造
鈴木:抑止とは、利益と損失の計算の問題ですから、国際的なルール違反への代償の大きさをメッセージとして伝えることは非常に重要です。その意味では、経済制裁がロシアに対してどれだけの損失を生み出すのかというメッセージが十分伝われば抑止効果があったかもしれません。
そこで、経済制裁についてもう少し議論を進めたいと思います。国際秩序や安全保障の問題は、軍事的な問題としてだけではなく、経済的な側面からも考えなければ実像は見えてきません。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら