鈴木:私はAPIの前身の「日本再建イニシアティブ」が設立されるきっかけとなった福島原発事故の検証作業にも参加しましたが、お2人にご指摘いただいた数々の検証はAPIの最も大きな社会貢献だったと思っています。日本では事故や事件が起きると提言はたくさん出ますが、それをチェックするシステムがありません。国会でも予算委員会は花形で真面目にやりますが、決算委員会はおざなりで関心も低いのです。
しかし、提言が実現したかどうかを検証することは非常に大切なことで、昨年、APIの出発点である福島原発事故の「10年検証委員会」を立ち上げ、座長を務めさせてもらいました。
もう1つ、神保さんが関わられたグランド・ストラテジーも重要な仕事だったと思います。シンクタンクには、個々の政策に対する処方箋を示すことが期待されている部分がありますが、個別の政策を論じるだけでは、全体最適は見えてこないし、日本の将来像も示せません。その意味で、部分最適ではない全体最適を考えるグランド・ストラテジーを提供することもAPIの特長だったと思っています。
秩序間の対立
鈴木:それでは、本題に入っていきたいと思います。今般のロシアのウクライナ侵攻に端を発した事態はまだ呼称が安定していませんが、今回は「ロシア・ウクライナ戦争」という呼び方で統一します。開戦から4カ月が経過した今も、この戦争の先行きが見通せない状況で、戦争終結後の国際秩序の変動を考えるのは難しいことですが、今日はそれに挑戦したいと思います。
いくつか論点はあると思いますが、まず、今回の戦争の性格について伺います。この戦争はロシアの暴走であって、ロシア単独の問題なのか。それとも、国際秩序の変化の結果なのでしょうか。
ロシアは国連安保理の常任理事国であり世界最大の核保有国です。今回の戦争はそういう国の暴走であり、核大国だから制約を受けずに始めることができたということなのか、それとも、例えば、アメリカの衰退と中国の台頭のように、世界秩序が変化し、不安定化したことにより、国際社会が介入しなくなった結果と受け止めるべきなのか。まずは歴史家として細谷さんはどのように見ていらっしゃいますか。
細谷:今回の戦争は基本的に2つの秩序間の対立だと見ています。1つは、プーチンが考えるような19世紀型の大国主導の国際秩序です。先日、プーチンは「植民地と呼ぼうがなんと呼ぼうが、大国に従属し、国家主権を持たない国家は自ら意思決定することはできない」と発言しました。つまり、プーチンが考える主権国家というのは、核兵器を持ち自己決定権がある国家だということです。その文脈で考えると、核兵器を持たない国家は、ウクライナだろうが、ポーランドや日本だろうが、自ら意思決定はできず、ロシアや中国、アメリカのような大国に隷属しなければいけないということになると思います。
この思考は典型的な19世紀型の大国主義的な国際秩序観です。18世紀末から19世紀には大国によりポーランドは三度分割されましたが、それと同じような発想でロシアはウクライナを分割しようとしています。これは、絶対に許してはいけません。
もう1つの国際秩序のイメージは、日本やイギリス、あるいはEUなどが求めるような、法の支配に基づく国際秩序です。日本外交も頻繁にそれを主張しています。今回の戦争の構図は、この2つの秩序の対立だと考えます。もしロシアが勝利するということになれば、その後の国際秩序は変わっていかざるをえない。これまでの法の支配に基づく国際秩序が機能を失い、大国主導のパワーポリティックスに変化する危険性があります。核兵器の数によって国家のランクや自己決定権が決まってしまう世界になります。
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