入学前に作った「キャラ」演じる大学生たちの苦悩 「SNSで大学デビュー」の知られざるわな

✎ 1〜 ✎ 196 ✎ 197 ✎ 198 ✎ 最新
拡大
縮小

社会に向けて発言する精神科医のはしりだった大平健氏が、1995年に刊行した『やさしさの精神病理』というロングセラーがあります。

学生運動が盛んだった70年安保の前後には、ほかの人が抱える傷や苦しみを自分も想像し、互いに積極的に関わっていこうとする気持ちが「やさしさ」と呼ばれたが、その後1990年代までには正反対の、新たに相手を傷つけることを避けようとして内面には踏み込まず、なるべく黙って距離を置きあう予防的な姿勢が「やさしさ」として定着したと指摘しました。

そうした状況でいま、自分の病名を「タグ」にすることには、両義性が伴うでしょう。おそらく本人としては、その病名を検索して「自分も同じです」といった仲間を見つけたい、つまりほかの人との接触を求めてプロフィールに載せている。もちろんそれは、まったく否定されるべきものではありません。

タグだけが「独り歩き」する危うさ

しかしここが視覚偏重社会のわななのですが、目に見える「タグだけ」が本人のアイデンティを代表するように扱われてしまうと、それはむしろ接触回避的にも機能します。

過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか (PHP新書)
『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか 』(PHP研究所)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

つまり、その人と実際に会って触覚的に感じた印象ではなく、タグになっている用語(たとえば病名)をウィキペディアや書籍で検索し、当人とはまるで関係のない場所の文字のみから得た「知識」だけで、相手のイメージを埋め尽くしてしまう。

むろん病気や障害などの相手の特性を知らずに付き合えば、どこかでぶつかったり傷つけたりしてしまうかもしれません。

しかしそのときに反省したり、許したりすることで深まってゆくはずの相互理解が、「辞書にこう書いてあったから、その通りに接すれば問題ないんでしょ」という形でマニュアル化され、責任回避の論理に転じてしまわないか。一度でも「ネガティブな衝突は起きてはいけない」という、未然防止的なやさしさが煮詰まった現在だからこそ、気をつけなくてはいけないと思います。

與那覇 潤 評論家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

よなは じゅん / Jun Yonaha

1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験をつづった『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT