「それはよろしかろう。木戸(孝允)の意見はどうか」
木戸も賛同していることを告げると、もはや西郷はこれ以上のことは言わないつもりらしい。拍子抜けした山縣が「まずはあなたの意見を聞かせていただきたい」と食い下がっても、西郷はただ「私のほうはよろしい」と答える。
自分の伝え方が悪かったのだろうか。事の重大性がわかってもらえていないようなので、山縣はさらに言葉を重ねた。
「血を見る騒ぎになるだろうが、その覚悟がおありか?」
説得に来たはずの山縣が、これではまるで立場があべこべだが、これに対しても西郷はただ「私のほうはよろしい」と言うのみだった。
渋沢栄一が西郷隆盛を「少しウツケ」と思ったワケ
なぜ、これほど西郷はあっさりと廃藩を受け入れたのだろうか。
実はかつてこんなこともあった。大久保利通、木戸、そして、西郷を首脳とした評議会が開催されたときのことだ。各省の権限について話が及んだとき、西郷は唐突にこんなことを言い出した。
「まだ戦争が足りないようだ」
いきなり意味不明な発言をする西郷に、一同は顔を見合わせる。木戸が改めて西郷に説明を重ねても、らちが明かない。西郷はこう繰り返すばかりだった。
「いや、話の筋はわかっているが、まだ戦争が足りない。少し戦争をしなければならないだろう」
このとき同席していた渋沢栄一は「西郷は少しウツケ(愚か者)だな」と思ったというから、よほどしらけた空気だったのだろう。だが、のちに渋沢は井上馨からこんな説明を受けることになる。
「あれは廃藩置県をやろうということだ。そうすれば戦争になるかもしれないから、ああいったのだ。薩摩と長州が主になっているから、それをほのめかしたそうだ」
実は、西郷はどんな改革を行うにしろ、廃藩置県をしなければ成り立たないと考えていた。ただ、旧藩主たちが黙っていないだろうから、「戦争が必要だ」と西郷は述べたのである。つまり、山縣から問われた「血を見る騒ぎになるだろうが、その覚悟がおありか?」と同じことを、西郷も考えていたことになる。
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