75歳以上安楽死容認、映画「PLAN 75」に込めた狙い 社会に蔓延する自己責任論への憤りがきっかけ

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

本作のベースとなったのは、5人の若手監督たちが中国の影響を色濃く受けた「10年後の香港」を描き、大きな反響を呼んだ『十年 Ten Years』の日本版となる国際共同プロジェクトのオムニバス形式の映画『十年 Ten Years Japan』(2018年)。

『万引き家族』の是枝裕和監督が総合監修を務めた日本版の共通テーマは「日本の10年後」。早川千絵監督はそこで、本作のベースとなった短編版の『PLAN75』を手がけた。短編版では、貧しい老人を相手に“死のプラン”の勧誘を行う公務員、そして認知症の母を抱えた妻たちが抱える葛藤を描きだしていたが、日本・フランス・フィリピンの合作映画となる長編版ではキャストを一新し、物語を再構築した。

ニューヨークの美術大学で写真を専攻するなど、活動の拠点をニューヨークに置いていた早川監督は2008年に帰国。その時の日本に、自己責任論という考え方が広がっていることに違和感を抱いたという。

そんな風潮が年々ひどくなり、生きづらさを感じていた矢先、2016年に相模原の障害者施設で起こった事件に衝撃を受ける。早川監督は短編発表時のインタビューで「社会に蔓延する不寛容な空気に対する憤り」が創作のモチベーションとなったことを明かしている。“価値のある命”と“価値のない命”という思想がもたらす、他者の痛みに鈍感な社会が行きつく先は何なのか。「穏健なる提案」を映画で表現したいと考えた早川監督は、年齢で命の線引きを行う「プラン75」というアイデアを思いつき、この物語へと昇華させた。 

倍賞千恵子が主演

本作の主人公ミチを演じるのはベテランの倍賞千恵子。彼女にオファーした理由について「見た人がかわいそうと同情する人ではなく、この人のことが好きになる。この人に生きていてほしいと自然に思えるような、凛(りん)とした人間的な魅力のある人にしたい」として、即座に倍賞の顔が思い浮かんだという。

その言葉通り、本作におけるミチは非常につつましく、礼儀正しい。非常に思いやりのある人物像となっているが、彼女のしぐさの一挙手一投足が、そうしたミチの気品、気高さを感じさせるものとなっている。そうしたしぐさは「わたしが意図したというよりは、倍賞さんからにじみ出てきたもの」と早川監督は指摘する。

一方の倍賞は、本作の脚本を読み「とても衝撃的でした。ただ読んでいくうちにどんどん引き込まれていきました。終わり方がとても好きです」と振り返る。オファーを受けた理由として、ちょうどその時期に「生きることとは?」「死ぬこととは?」ということを考える機会が多かったということも大きかったそうで、完成した作品を観て「引き受けてよかった」としみじみ感じたという。

また数々のヒット曲を送り出すなど、歌手としての顔を持つ倍賞だが、本作でもその歌声を披露。「監督からは下手に歌ってくれといわれて大変だった」と笑うが、その透き通った声は、本作でも非常に印象的に響き渡る。

1947~1949年に生まれた団塊世代が全員後期高齢者となる2025年には、日本の人口の5人に1人が75歳以上の超高齢社会になる。この「2025年問題」を前にし、この『PLAN 75』は絵空事とは言い切れないような切実さをわれわれに突きつける。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事