「抗体を持つ人」が増えても集団免疫ができない訳 イギリス人はほぼ100%抗体を持つが防げず

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イギリスの状況を見ると、抗体の陽性率が100%近くになっても感染が収束する保証がないことがわかります。同様な現象は、デルタ株が猛威を振るったインドでも起きています。残念ながら、新型コロナは、集団免疫が成立しないか、あるいは成立してもきわめて短期間しか持たない可能性が高そうです。

ワクチンは、感染を防ぐ中和抗体以外にもさまざまな抗体を誘導し、重症化予防については依然として高いレベルの効果を維持していますが、こと感染予防を考えると、ワクチンだけでは十分ではありません。感染を防ぐためには、マスクや社会規制などの感染対策を継続して、感染者数を増えすぎないようにする必要があります。

「普通の風邪」として扱うべきか

2022年2月21日、イギリスは、イングランドで感染者の隔離を不要とし、法的な規制をすべて撤廃しました。これからはインフルエンザと同様に「普通の風邪」として扱うようです。規制の全面的解除は世界初の試みで、壮大な社会実験といえるでしょう。

イギリスは、ワクチンの重症化予防効果で、医療崩壊はまぬがれると判断したようですが、オミクロンに代わる新たな変異株が登場したときに、再び感染拡大を招かないか不安を覚えます。

実際、規制の全面解除後、イギリスの新規感染者数は上昇に転じて、3月22日には解除前の3倍近い10万人に達してしまいました。一時的に感染者数が減少しても、少し対策を緩めただけで、新たな感染の波が起こります。残念ながら、新型コロナとの闘いは長期戦になりそうです。

ワクチン接種が進んでいるにもかかわらず、いっこうに感染が収束しないことを理由に、反ワクチン派の識者は「ワクチン接種など無益。自然感染して良質の免疫を獲得すべき」だと主張しています。しかしこの主張は間違っています。

新型コロナウイルスは自然感染すれば、再び感染をまぬがれるような甘いウイルスではありません。ワクチンの効果が時間の経過とともに減衰するのと同様に、一度感染したとしても、時間の経過とともに感染リスクが高まり、繰り返し感染します。感染予防策を放棄して、自然感染のみで安定した集団免疫を獲得するというのは科学的に見てきわめて困難です。

自然感染で得られる免疫よりも、ワクチン接種による免疫のほうが質の高いことが科学的にも裏付けられています。

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ワクチン接種でできる抗体は、自然感染でできる抗体に比べて、ウイルスのスパイクタンパク質に対する結合性が高いため、高い感染予防効果があります。また、ワクチン接種で得られた中和抗体は、自然感染で得られた抗体よりも反応性も幅広いため、複数の変異株を中和できます。しかもワクチンでできた免疫は、追加接種で効果を高めることができます。

病原性が低いといわれるオミクロンであっても、高齢者が感染すれば重症化や死亡するリスクは依然として高く、若い世代の後遺症も無視できません。自然感染して得になることなどありません。となれば、感染予防効果は絶対的なものでないにせよ、ワクチン接種によって良質の免疫を獲得するほうが合理的です。

宮坂 昌之 大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授

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みやさか まさゆき / Masayuki Miyasaka

医学博士・PhD。1947年長野県生まれ。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。金沢医科大学血液免疫内科、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所を経て、大阪大学医学部教授、同・医学研究科教授を歴任。2007年~2008年日本免疫学会会長。著書に『分子生物学・免疫学キーワード辞典』(医学書院、共著)、『標準免疫学』(医学書院、共著)、『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』(講談社ブルーバックス、共著)、『新型コロナワクチン 本当の「真実」』、『新型コロナの不安に答える 』(講談社現代新書)など。

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