「報道の自由」は世界共通のルールなのか

世界新聞・ニュース発行者協会の幹部に聞く

──シャルリ・エブドでの銃殺事件をどう受け止めたか。

大きなショックだった。2011年、シャルリ・エブドはイスラム教預言者ムハンマドを風刺した号を出版し、編集室に火炎瓶を投げ込まれた過去があった。

最初は全体像を掴むのに苦労した。攻撃されたのがシャルリ・エブドであること、何人もの風刺画家が亡くなったことが分かってきた。世界中で何人ものメディア関係者が圧力を受け、報道の自由を得るために戦っていることは知識としてあった。しかし、何しろ、自分がいつも働く環境につながっている人にこんなことが起きた。あまりにも近すぎた。

反エスタブリッシュメントの精神で編集されてきたシャルリ・エブドは、フランスのメディアのそのものだった。だからこそ、攻撃には象徴性を感じた。

これはメディア全体への挑戦と感じた

午前中の事件発生からお昼ぐらいになって、だんだんと何が起きたかを理解する中で、世界の加盟会員のために行動を起こす必要があると考えた。単にジャーナリストが死んだだけではなくて、メディア全体への挑戦であると感じた。私たちが持っている社会の価値観に対しての挑戦だ。

WAN-IFRAが作成した、シャリル・エブドへの連帯を示すバナー

そこで事件についての情報を集め、検証し、声明を出した。午後からバンサン・ペイレーニュCEOが他の媒体のインタビューを受け出した。さらにウェブサイトやツイッターに使えるバナーを作り、編集関係者が報道の自由についてのメッセージを出せるウェブサイトを作り、動画を掲載した。あっという間の数日だった。メディア界としては事件との折り合いをつけようとしていた。しかし、まだ折り合いはついていない。報道についてあるいは社会についてどんな意味があったのかについて理解し、前に進むにはかなり時間がかかるだろう。

──生々しい感情が残っているということか。

悲しみや怒り、衝撃の感情で一杯だ。最初の声明文やプレスリリースは当時の感情をそのまま反映している。個人的にも事情を呑み込むには時間がかかるだろう。これほどの大きさの事件の意味を自分も社会も理解し納得するためには、時間が必要だ。全体を一歩引いて見ることができないと、意味合いを分析することはできない。

私たちは、24時間、情報を出す必要がある状況に生きている。常に情報を流し、意見を述べ、分析を出すように、と。しかし、時が経たないとテロ事件の影響は見えてこないだろう。政府が出してきた新たな反テロ政策の提案の評価や欧州レベルでどう対応するか、など。

その間にも、私たちにはこのような暴力に対して負けない責任がある。怖がらないことだ。シャルリ・エブドの風刺画家たちほどには注目を浴びない状況の中で、報道しながら死んでゆくジャーナリストたちがいる。そういう人たちのためにも、萎縮せずに報道を続ける責任がある。

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