「韓国とは何か」を問い続けた「知の怪物」の思考 『「縮み」思考の日本人』著者・李御寧の日韓論

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私は、テレビで韓国の視聴者にこのように滔々(とうとう)と語る李御寧氏を見て、まさに驚いた。そこには日本に対するルサンチマンや劣等感の裏返しの大口はなく、日韓近代史に対するきわめて合理的な「説明」があった。感情的でないきちんとした「説明」を、わたしは韓国人の口から初めて聞いた、と思った。その語り口も、過度に哲学的にならずに、しかし思想はしっかりと保持しつつ、文化ナショナリズムを加味して一般大衆を完全に納得させるものだった。

まさに彼は、語りの天才だったのである。そして彼の言葉どおり、21世紀の韓国は情報化という強力な翼を得て、しかも克日によって手に入れた半導体などの大量生産にも勝ち、驚くほどの躍進を遂げるのである。躍進が初めにあったのではない。李氏の「説明」と躍進が、まさに同時に驀進(ばくしん)したのである。

「何でもきれいにする」という日本へのイメージ

さて、李氏に対しては、小針進氏(静岡県立大学教授)が日本の文部科学省の科学研究費助成事業プロジェクトの班長となり、上垣外憲一氏(元大妻女子大学教授)や濱田陽氏(帝京大学教授)と私の4人は、2019年から李氏のオーラル・ヒストリーを記録する作業をしてきた。ソウルの李御寧氏の自宅に通って、1回につき数時間にわたって、何度も聞き取りをした。李氏が生まれたときからコロナ禍前までの歴史をつぶさに精力的に語ってくれた。実に興味深い話が満載なのだが、少年時のエピソードを少しだけここで披露したい。

李氏が学齢期になったときに、小学校は「国民学校」という名称に変更された。そこで最も驚いたのは「身体検査」というものだった。自分のこの身体は親からもらった大事なものなのに、学校が「検査」するとはどういうことか、と思ったという。フランスの哲学者ミシェル・フーコー的な生権力としての併合植民地統治を、少年は皮膚感覚で体験したわけだ。

当時の日本のイメージといえば、身体検査のときも「爪を清潔に」と指導されたように、「何でもきれいにする」というものだった。朝鮮では、「清潔にしすぎると福が来ない」という考えがあったから、日本人がつねに掃除をして何でもぴかぴかにすることに違和感があった、という。

少年はものの匂いや感触にも敏感だった。父親が街で買ってくる日本のおもちゃなどのおみやげには、セルロイド製のものが多かった。少年にとってセルロイドの匂いこそ、日本の匂いであり近代の匂いだった。またガラスのように、扱いを丁寧にしないとすぐにこわれてしまうというのも、日本のもののイメージだった。木箱などのものも、朝鮮製は分厚くて重いのだが、日本製はすべて軽くて薄くてきちんとつくられている。「きちんとしたもの」を見ると、李御寧少年は「日本的」と思ったという。

子どものときに接した日本の説話や絵本からも、強烈な印象を受けた。一寸法師のように「小さいもの」に超人的な力がこめられているという日本的世界観への驚きと違和感は、のちに「縮み」志向という概念で日本文化を分析し、ルース・ベネディクトの『菊と刀』以来の傑出した日本文化論を編み出した土台となった。

この実におもしろく興味深いオーラル・ヒストリーは、現在、編集作業をしている最中である。もし公刊できれば、韓国および日韓の近現代史においてこれまで知られていない話が満載の、極めて貴重な記録となるに違いない。

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