中国が自国の主権問題を完全に諦めることはないだろう。だが、大国ロシアという盟友を失い、もはや独力でアメリカとの長期的な睨み合いを続けねばならぬ中国は、尖閣を含むすべての海洋問題で慎重にならざるをえない。そのため当面はいわゆる「韜光養晦」政策をとり、自国の能力増強に励んで機会をうかがうことになる。
飛躍的に向上する中国の海洋監視能力
今回の「韜光養晦」で特に注意が必要なのが、中国による海洋監視能力の急激な向上とグローバルな影響力の拡大だ。中国は2016年からの第13次五カ年計画で、宇宙・空・海・陸を結ぶ「空間インフラ」の構築に乗り出した。人工衛星や海中装置で幅広く情報を収集し、集めたビッグデータを一体運用して、中国の監視管理網をグローバルに広げるのだ。この試みは2021年からの第14次五カ年計画で強化され、自然資源部の2022年度の支出予算のうち、海洋気象情報関連は全体の83%を占める。同部は中国全体の国土空間規画の策定に責任を持つが、実際には海洋への関心が極めて高く、アンバランスだ。これらのデータは気候変動対策などにも活用しうるが、中国はそれを囲い込むのみで意図と活動の透明性が低い。
中国の動きは、西側先進国におけるMDAへの関心の高まりに対する反作用でもある。その出足は遅れたが、社会主義国には国家の経済的・人的資源を特定分野に集中投下できる利点がある。今後中国は、軍民融合でデータ応用技術の革新を進め、軍事力や経済力の躍進をはかり、一帯一路で影響圏の拡大を狙うだろう。アジアの海をめぐっても、中国とそれ以外の勢力との睨み合いは水面下で激化する見込みだ。
もし中国に優位を許した場合、突発事態をきっかけに、中国が蓄積した能力を一斉に行使する日が到来しうる。それを防ぐために日本は、国際社会における協力者を増やし、台湾を含むより多くの目を繋ぎ合わせてMDAを高め、中国の海上動向を見張っていくのが望ましい。ただし、力を信奉する大国・中国を抑止するには、軍事力の要素が不可欠。そのため日本にはアメリカが必要で、アメリカを中心とする関係国との各分野での連携は今後もいっそう強化すべきだ。
だが実際にはアメリカもルールや規範からしばしば逸脱し、国際秩序を混乱させてきた。日本にとっては、アメリカを説得してその信頼回復に励み、各国が納得しうる公平な秩序形成を進めることも、インド太平洋地域の責任主体として重要な責務であろう。
(益尾 知佐子/九州大学大学院比較社会文化研究院・准教授)
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