「幸せを感じられる人」「不安にとらわれる人」の差 成功だけを人生の目的にすることの大問題

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世間的な価値観から外れ、やりたいことを追求した人が、もしも、その日の暮らしにも事欠くような、貧しい生活を強いられることになったからといって、不幸かというと、そうとはいえません。どれほど高給をもらっていても、自分の意に沿わない仕事を強いられているとしたら、その人は幸福とはいえないでしょう。

まずは幸福を選択しよう

――ある編集者が、転職をして数年後に雑誌の編集長になりました。これは世間一般のいい方ですと「成功した」ということでしょうが、成功したから幸福になったのではありません。前の仕事をしていた時に、自分の生き方を見直し、この仕事ではないと思って辞める決心をした。その時に、すでにその人は幸福だったのです。編集長になったのは結果でしかありません。

結果的にはずいぶんと遠くまできたということは人生においてよくあることですが、成功を目標にして生きると、幸福から遠ざかることになるかもしれません。先にもいいましたが、成功を目標にすると、それを達成できないかもしれないからです。

B: では、その瞬間の幸福を選ぶことが大切であると?

――そうです。自分にとっては、幸福であるかどうかが一番大事な問題だと考えて生きることが大切です。その結果として、世間的に見れば成功することはあるでしょう。

C: だけど、結果オーライという感じはありますよね。

――世間の人はそういうふうにいいます。でも、これからどういう人生を送るかはわからないのです。希望の部署に行けたとしても、すぐ異動になるかもしれません。あるいは、その職場にいられなくなるかもしれない。

でも、「幸福がどういうものか」がわかった人は、仕事が変わろうが、どういう運命が待ち受けていようが、びくともしない。存在レベルでの幸福を知った人は、自分を取り巻く状況がどんなに変わっても、そんなことで、いささかも幸福であるという実感を失うことはないでしょう。

C: 状況に左右されずに、いつも幸福でいられるようになるなんて、そんなの最強じゃないですか?

――そう思います。存在レベルの幸福を知った人は、最強です。反対に、成功主義者は最弱です。条件に振り回されるからです。

C: 自分以外の、移り変わるものに幸せの主導権を渡しているということですね。何か起こる度に浮き沈みが激しくて、安心できないのはそのせいでしょうか。

――その通りです。

「最強のメンタリティー」を手に入れるには

C: どうやったらその「最強のメンタリティー」を手に入れられるのでしょうか?

――強くなろうと思わないことです。

C: 強くなろうと思わない? 生きていけなくなってしまいます。

――それも世間的な価値観でしょう? どんなことにもびくともしない強いメンタリティーがほしいのですか。でも、そういうふうに思わないことが、むしろ強いメンタリティーを持つことなのです。

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成功主義者のメンタリティーは、条件に左右されるので脆(もろ)いです。人生が順風満帆に進んでいる間は自信に溢れているかもしれませんが、それは自分が望んでいないことが起こる前までのことです。

例えば、急なリストラに遭うことがあります。若くて学歴もあって、順調な人生だと思っていたのに、突然会社の業績が傾くこともありえます。そうなった時に、成功主義者は非常に脆い。「もはや自分は生きる価値がない」「生きていても仕方ない」とまで思い詰める人もいます。それは別に病気やリストラでなくても、定年退職した男性にも多いです。

しかし、存在レベルでの幸福を実感できている人は、たとえリストラに遭っても、病気で倒れても、定年退職しても、何ら失うものはないと思っています。自分の価値と、自分を取り巻く環境は何ら関連がないからです。だから、強くあろうとしていないことで、かえって強い人になりうるのです。

岸見 一郎 哲学者(監修)
きしみ いちろう / Ichiro Kishimi

1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『幸福の哲学』(講談社)、『今ここを生きる勇気』(NHK出版)、『ほめるのをやめよう リーダーシップの誤解』(日経BP)など多数。

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