池上彰さん解説「ゼレンスキー氏」各国演説の中身 「日本国民に伝えたかったこと」とは何か?
福島の原発事故について触れることで、ロシア軍の原発への攻撃の非人道性を批判するのではないか。
こんな予測がしきりに話題になっていた。私も内心、こうしたテーマが登場することを予測、いや期待していたように思う。そうした話が明示的に出てこなかったので、冒頭のような感想を持ってしまったのだ。
そこで気づいたこと。それは大統領の各国向けの演説がどれも素晴らしかったので、つい日本向けにも華麗なレトリックが展開されることを期待してしまっていたのではなかったかということだった。
自国が悲惨な状態に陥っているときに、レトリックで人々の心を動かすことができるはずはない。彼の言葉が感動的なのは、レトリックの力ではなかったのだ。
イギリス、フランス、ドイツでは…
とはいえ、これまでの各国向けの演説には感心させられてきた。とりわけイギリスに対しての演説だ。
「われわれは最後まで戦う。海で、空で、地上で、森で、街で」
これは第2次世界大戦中、フランスに支援に入ったイギリス軍がドイツ軍によって大きな被害を出し、フランスの海岸ダンケルクからイギリスに撤退せざるをえなかったときにチャーチルが演説した言葉を模していた。議場では涙を浮かべる議員もいた。
当時のイギリスは、ヨーロッパ大陸からの敗走に意気消沈。ドイツに負けてしまうかもしれないという最悪の予感にとらわれていた。そんな雰囲気を一気に吹き飛ばしたのが、チャーチル演説だった。イギリス国民は、みんな知っている。これを引用したのだから、イギリスの人たちの心を揺り動かした。
ロシアはウクライナを「ネオ・ナチ」と決めつけて攻撃してきている。しかしゼレンスキー大統領は、ナチと戦った指導者の言葉を引用することで、ウクライナが正しい側にいることをアピールしたのだ。
またフランス議会に対しては、「ベルダン」の名前を持ち出した。これまたフランスの人は戦争を思い出す地名だ。ここは第1次世界大戦の激戦地。ドイツ軍の侵略にフランス軍が応戦し、フランス軍の死傷者は36万人を超えたとされる。
ウクライナの国土が「ベルダンのようになっている」と言われれば、フランスの政治家たちは胸が詰まる思いだろう。
ドイツでは、「壁」を持ち出した。ロシアの攻撃によって、ヨーロッパに新たな壁が築かれていると語ったうえで、1987年、西ベルリンを訪れたアメリカのレーガン大統領が、ソ連のゴルバチョフ書記長に対して、「壁を壊しなさい」と呼びかけたことを引用した。新しい壁も打ち壊してほしいという意味だ。